【センバツ】横浜・村田浩明監督「たくさんのOBが支えてくれて選手が躍動した」母校頂点に導く

[ 2025年3月30日 14:46 ]

第97回選抜高校野球大会最終日(第11日) 決勝   横浜11―4智弁和歌山 ( 2025年3月30日    甲子園 )

<横浜・智弁和歌山>勝ち越した3回に拍手する横浜・村田監督(撮影・中辻 颯太)
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 横浜(神奈川)が智弁和歌山(和歌山)に勝利し、2006年以来19年ぶり4度目の優勝を飾った。昨秋の明治神宮大会覇者で、史上初となる2度目の“秋春連覇”を達成。神奈川県勢としては21年の東海大相模以来4年ぶりの春制覇となった。

 母校・横浜での現役時代にセンバツ決勝で敗れて準優勝だった村田浩明監督(38)が指導者として頂点に立った。優勝インタビューでは「たくさんのOBが支えてくれてました。きょうこの甲子園球場にたくさんのOBの方々の声が届きました。皆様のお力のおかげで選手たちが躍動してくれました。本当に横浜高校の絆を感じました。ありがとうございます」と第一声。「智弁和歌山さんは全国トップクラスのチームです。そういうチームと甲子園という舞台でやることができる幸せを感じて、渡辺投手を中心に非常に守りの堅いチームで、攻撃陣も長打を打つ体の大きい選手がたくさんいましたけれども、横浜高校らしい攻撃、守備からリズムをつくるということを徹底してできたことがこの結果につながったのかなと思っています」と話した。

 2点リードの6回1死三塁、カウント2ボール2ストライクの場面で左腕・片山大輔(3年)を投入して1球で空振り三振を奪い、続いて登板の3番手の奥村頼人(3年)が無失点で切り抜けた場面については「織田、奥村頼という2人の投手が目立ってますけれども、うちには片山、前田、山脇、山本、野手の小野、池田といつでもいけるように準備を常日頃からしていました。試合に出られなくても必死に練習して、いつか出た時にと準備してきたのがあの1球につながったと思います。本当に選手に感謝しています」と話した。夏に向けては「春はまだ通過点です。夏に本当に完成したチームでまたこの甲子園球場に戻ってきて、一戦一戦戦ってこのメンバー、20人以外のスタンドの選手たちも全員一丸となって、OBの方々、保護者の皆様、学校の関係者の皆様、みんなが一枚岩になって夏にまた目標を定めて頑張りたいと思います」と誓っていた。

 現役時代に2年生で出場した03年センバツでは、1学年上の成瀬善久、同級生の涌井秀章とバッテリーを組み、決勝に進出したが、広陵(広島)に3―15で大敗。24年夏は主将を務め、エース涌井とともに8強入りした。

 高校卒業後は日体大に進学。同大卒業後は神奈川県教員採用試験をパスし、霧が丘高野球部で部長を経て、13年秋に白山高の監督に就任した。「県立で甲子園へ」の思いを胸に指導、18年夏には強豪私立がひしめく北神奈川大会でチームを8強に導いた。

 19年秋、母校は当時の監督と部長が部員へ暴言や暴力があったとして解任された。打診を受けた際は「正直悩んだが、人生1回しかないので挑戦してみようと思った」と20年4月に監督に就任。21年夏に神奈川大会を勝ち上がり、甲子園初采配となった1回戦で広島新庄(広島)に3―2でサヨナラ勝ちし、甲子園初勝利。それから4年、指導者として全国制覇を成し遂げた。

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