大谷 能登地震被災地へ寄付 ドジャースと共同で支援「行方不明者の早期発見と復興を心より願っています」

[ 2024年1月6日 02:30 ]

大谷翔平インスタグラム(@shoheiohtani)から

 ドジャースの大谷翔平投手(29)は4日(日本時間5日)、ド軍と共同で能登半島地震の被災地に寄付をすると自身のインスタグラムで発表した。球団が100万ドル(約1億4500万円)を送り、大谷も個人で寄付(金額は非公表)をする。岩手県出身で花巻東1年時の11年3月に東日本大震災を経験。元日に最大震度7を記録した北陸の復興を願い、球団と継続的な支援を約束した。

 ドジャースと大谷はそれぞれのSNSを更新した。大谷が昨年12月に契約したばかりのド軍ユニホーム姿の写真を添付。元日に未曽有の被害に見舞われた能登半島の被災者たちを救うべく、すぐさま動いた。

 ド軍は球団の運営投資グループのグッゲンハイム・ベースボールとともに被災地に100万ドルを寄付し、金額非公表で個人で寄付する大谷と“協力”する声明を発表した。大谷も「令和6年能登半島地震による被災地支援のため、このたびドジャースと共同で寄付をいたします」と公表。「復興活動に参加してくださった方々に感謝するとともに、今後も私たちが団結して被災された方々を支援していきたいと願っています。行方不明者の早期発見と被災地域の復興を心より願っています」と思いを記した。

 震災は決して人ごとではない。花巻東の1年生だった11年3月11日の東日本大震災は、同校グラウンドでの練習中に被災した。沿岸出身の部員6人が津波で実家を失い、身内を亡くした者もいた。野球を続けるのも困難な状況で仲間と戦い抜き、日本ハムを経てエンゼルス移籍後の21年3月10日(日本時間11日)には「少しでも被災地の力になれるようにまだまだ頑張っていきたい」と語ったことがあった。

 当時はイチロー(マリナーズ)が1億円、松坂大輔(レッドソックス)が100万ドル(当時約8100万円)、松井秀喜(アスレチックス)が5000万円など、大リーガーを筆頭に野球界が多額の義援金を送った。あれから13年。立場を変えた大谷は世界一の選手に成長し、被災地への支援の先頭に立った。

 昨年12月にド軍とスポーツ界史上最高の10年総額7億ドル(決定時約1015億円)で新たな契約を結び移籍した。契約には総額から最大1%(700万ドル=約10億1500万円)の金額を、球団の慈善基金に寄付することも盛り込まれていた。今回はそれとは別枠となる寄付とみられるが、ド軍と大谷をきっかけに大リーグにも支援の輪が広がる可能性もありそうだ。(柳原 直之)

 《コロナ下に医療従事者支援》大谷は20年4月に新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、NPO法人「ジャパンハート」のクラウドファンディングに参加。医療従事者にマスクを供給するために寄付を呼びかけ、約1日で1億5350万7000円を集めた。自身のサイン入りバットは最高額の190万5000円で落札された。21年10月に選手間投票による年間最優秀選手とア・リーグ最優秀野手を受賞した際には、賞金をがんで闘病中の子供や家族を支援するエンゼルスの地元オレンジ郡の非営利団体「ミラクルズ・フォー・キッズ」に寄付した。

 《小学校2万校にグラブ寄贈》大谷は昨年3月のWBCで侍ジャパンのチームメートになったカージナルス・ヌートバーに「またいつか一緒にできればうれしい」というメッセージを込めて高級腕時計グランドセイコーを贈った。昨年11月には全国の小学校約2万校に約6万個の子供用グラブを寄贈することを発表し、費用は約6億円に上る見込み。同12月には背番号17を譲ってくれた救援右腕ケリーへのお礼としてアシュリー夫人に高級車ポルシェをプレゼントした。

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