【内田雅也の追球】「センチ」にならず「弾力」示せ 22年前は守り固め“その後”6連勝

[ 2020年6月29日 07:30 ]

セ・リーグ   阪神1―9DeNA ( 2020年6月28日    横浜 )

<D・神3>2回、平良相手に遊ゴロに倒れるサンズ(撮影・会津 智海)
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 作家・林芙美子の命日だった。1951(昭和26)年6月27日深夜に苦しみだし、日付が28日に変わって逝った。心臓まひ、47歳だった。

 急死の数日前、6月24日にNHKラジオ番組『若い女性』にゲストで生出演していた。多作の作家だったが「すでに晩年であると思い、むだな球は投げない」と、投手にたとえて語っている。

 芙美子はプロ野球初年度の36年11月30日、洲崎球場でタイガース戦を観て、読売新聞『素人ファン』に寄稿している。

 <職業野球を観るのは初めてだけど、こんなに面白いものとはいまのいまゝで思はなかった。何かしら憂愁味のある、あの学生野球の重くるしさとは全然違ふ。(中略)負けても勝っても、選手達はセンチにならないでキレイに引きあげてゆく。(中略)此スマートさも仲々魅力である>。

 試合はタイガースが大東京に7―0の快勝だった。人気のあった東京六大学野球も観ると重苦しさや憂愁味を感じ取ったのだろう。センチはセンチメンタルの略で感傷的といった意味だ。

 そんな芙美子もこの日の阪神を観たらどうだろう。センチな憂愁味を感じるのではないか。

 監督・矢野燿大は「楽しむ」ことをテーマに「苦しい時も楽しんで」と語ってきた。何度か書いてきたが、この「楽しむ」は英語の「enjoy」である。良きことも悪きことも自分のものとして受けいれる、享受するといった意味だ。阪神は言葉通り、今の苦しさを楽しまねばならない。

 試合は投打に完敗であった。投手陣は登板した5人のうち4人が失点。特に、先発の後を継ぐ2番手は9試合9人中7人が登板した回に失点している。先発がリードを許した劣勢で登板し、試合を壊す展開が続く。故障や不調者が多く、自慢の投手が崩壊ぎみだ。

 打線はDeNA先発の平良拳太郎に6回2安打、初回の1点だけに終わった。18アウトのうちゴロアウトが12個に上った。スリークォーターから内外角低めに小さく動く球に、打球は上がらなかった。いや、あの低めに手を出し、相手の術中にはまっていたのだ。

 前夜「あと1球」から劇的逆転勝利し、打線は真価が問われる一戦だった。現実には貧打は解消されてはいなかった。

 先の芙美子出演の番組は一部、NHKアーカイブスで公開されている。波瀾(はらん)万丈だった自身の半生を振り返るように「やっぱり人間は落魄(らくはく=落ちぶれること)の味をなめて、泣くだけ泣かなきゃ、いい人間になれませんよ」と語っている。

 生前、色紙には好んで「花の命は短くて、苦しきことのみ多かりき」と書いた。

 まさに、今の阪神である。もう随分と泣いてきたが、苦しいばかりの日々が続いている。

 開幕から3カード連続負け越しは98年以来、22年ぶりである。今年と同じ2勝7敗となった際、当時監督の吉田義男は語っている。「僕自身も危機感をもってやっていきます。ここで弾力を持って出直さないといけません」

 そう、「弾力」だ。圧迫を跳ね返す力である。吉田の言葉通り、4カード目からは6連勝してみせた。明らかに戦力不足だった当時としては、相当な奮起であった。

 当時も今同様の弱投、貧打だった。吉田ら首脳陣が行ったのは「原点」としていた「守りの野球の再確認」だった。1軍投手人数を1人増やし、打てず守れずのアロンゾ・パウエルに代えて新人の坪井智哉を起用した。

 窮地こそ守り、は半ば再建の常道である。その点で、開幕9試合でわずか失策1個(広島と並びリーグ最少)と守れている現状に浮上の芽を見たい。この日もジェフリー・マルテが三塁線ゴロを好捕好送球(1回裏)、木浪聖也が俊敏に併殺(3回裏)、ジャスティン・ボーアの好守で本塁併殺(7回裏)、梅野隆太郎が好送球で盗塁刺2度(4、6回裏)と好守備があったではないか。

 今の戦力なら、弾力はもっとあるはずである。センチにならず、前を向きたい。=敬称略=(編集委員)

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2020年6月29日のニュース