江本孟紀氏 今年2月逝去、野村克也氏誕生日にトークショー「南海の選手としての功績分かってほしい」

[ 2020年6月29日 20:37 ]

2月に亡くなった野村克也氏をしのぶドキュメンタリー番組上映・トークショーに出演した江本孟紀氏
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 今年2月11日に84歳で亡くなった元プロ野球監督・野村克也氏の生誕85年の29日、同氏が出演した関西テレビのドキュメンタリー番組「ザ・ドキュメント 帰らざる黄金の日々~南海ホークスへの鎮魂歌~」(04年3月30日放送)の特別上映・トークショーが大阪市内のライブハウスで無観客で開かれ、有料配信された。

 野球解説者で、野村氏と南海時代にバッテリーを組んだ江本孟紀氏(72)がトークショーに出演。イベント前に会見に応じ「南海の選手としての功績を分かってほしい」と野村氏をしのんだ。

 東映(現日本ハム)からトレードされて南海へ来た江本氏。当時の選手兼任監督の野村氏に監督室に呼ばれていきなり「お前のサイン、3つしかなかったやろ」と言われ、度肝を抜かれた。後にID野球と呼ばれたが、当時は「シンキングベースボール」と言われた野村氏の“考える野球”。「昭和40年代にデータ野球をやってた。打って、走って、投げてだけが野球じゃない」ということを、江本氏は野村氏に出会って初めて知り、後々の野球人生のバイブルとなったそうだ。

 江本氏は「ヤクルト、阪神、楽天の監督、特にヤクルトの名将という印象が強いが、野村さんは南海ホークスのスーパースターだった。王さん、長島さん、張本さんらに匹敵する凄い選手だった。それを分かってほしい」と南海時代に残した9度の本塁打王、7度の打点王、三冠王1回の功績をアピールした。

 その南海ホークスの本拠地だった大阪球場跡地に建設されたなんばパークス内の「南海ホークスメモリアルギャラリー」には野村氏のユニホーム、グッズなど記念品が一切展示されていない。「野村の“野”の字もないって、南海ホークスじゃない」と江本氏。「野村さんの方から入れないでと言ったとか聞くが、あそこに19番のユニホームやバットを。世間の皆さんに、ファンに見てもらいたい」と懇願した。

 また、江本氏は“人間・野村克也”について「競争心が死ぬほどあった人。なんでも逆のことをやる、言う人だった」とあまのじゃくぶりを指摘。さらに「実は長嶋さんのファンだったと思う。言わなかったけど、憧れてたんじゃないかな?」と「ひまわり」「月見草」と野村氏自身が語った巨人の終身名誉監督・長嶋茂雄氏(84)への複雑な思いを明かした。

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