【内田雅也の追球】連敗脱出への「裂帛」と「遠山」――阪神11日ぶり勝利に、剣道の教え

[ 2019年7月4日 09:00 ]

セ・リーグ   阪神4―3DeNA ( 2019年7月3日    横浜 )

延長11回無死三塁、糸原は勝ち越しの右犠飛を放つ(撮影・大森 寛明)
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 試合中、横浜スタジアム内の駐車場通路を少年剣士たちが歩いていた。球場1階に剣道場があり、剣道教室が開かれている。稽古を終えた少年が帰っていったのだ。

 道場からは「ヤーー!」「ツェーー!」と声が響いていた。剣道、柔道、合気道など、日本の武道には「裂帛(れっぱく)の気合」という言葉がある。帛(はく)は白い絹布。絹を引き裂くような鋭く激しい動き、またはその掛け声をいう。

 5回終了後、3階記者席から1階プレスルームに移動した。この時、少年剣士を見つけ、掛け声を耳にした。

 実はこの移動中に三塁側阪神ベンチ裏も通った。それこそ大きく激しい声が飛んでいた。裂帛の気合がほとばしっていたわけだ。

 だから、劣勢をひっくり返せた。8回表の同点は糸井嘉男、大山悠輔がエスコバーに追い込まれながら、剛球に食らいついて適時打した。10回裏、本塁突入の走者を刺した中継プレーは上本の好捕・好送球が光った。11回表の決勝点は先発落ちした近本光司の快打快走と糸原健斗が、これまた追い込まれながら犠飛を上げてあげた。

 長く、苦しい日々だった。延長11回、4時間12分の激闘。雨の横浜でつかんだ勝利は6月22日以来、交流戦明けの空白期間をはさみ11日ぶりだった。

 野球を愛する作家・伊集院静がプロ野球に関して書いた一文を思い出す。今の阪神のような『逆風に立つ』(角川書店)という名の著書にある。

 <日々、勝者と敗者は生まれる。今日は敗れたが、明日は必ず打ち砕いてやる。ひとつの勝利がもたらすものは選手にとってもファンにとっても真の価値であり、希望なのである>。絶望の日々から希望を見たのだ。

 再び剣道を考える。剣道で大切なのは「一眼二足三胆四力」。目が最も重要だという。

 「遠山(えんざん)の目付」という言葉がある。遠くの山を見るように見る。相手の顔を中心に全体を見る。動きにも柔軟に対応できる。

 一方、「頑張る」の語源は「眼張る(がんはる)」という説がある。「目を見張る」である。

 阪神OBの下柳剛は著書『ボディ・ブレイン』(水王舎)で親友の格闘家・桜庭和志が試合中、「ボーッと全体を見ています」という姿勢に感じ入った。<目を見張ってしまうと、どうしても肩に力が入ってしまう>。

 この注意は打者にも通じる。リーグ戦再開後、前日まで3試合の得点は1、0、0だった。各打者とも打とう打とうと目を見張り、余計な力が入っていた。息をついた夜、雨音を聞きながら、頑張り過ぎたのだ、と自らをねぎらえばいい。=敬称略=(編集委員)

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2019年7月4日のニュース