【内田雅也の追球】「タフ・ロス」の「誠」「品格」――不運にも笑顔の阪神・西

[ 2019年7月3日 10:00 ]

セ・リーグ   阪神0―4DeNA ( 2019年7月2日    横浜 )

5回1死二、三塁、筒香を三直併殺打に打ち取りガッツポーズの西(撮影・大森 寛明)
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 江夏豊の好きな言葉は「誠」だそうだ。「野球も人生も誠だなあ。誠実、誠意、真実や真心だよなあ」。同じく好きなコーヒーをブラックで飲み、好きなたばこをくゆらせながら話していた。2014年1月、阪神OBや現役選手の座右の銘を書く、大阪本社発行紙面の連載『猛虎之言』(もうこのげん)で取材した際に聞いた。

 「本を手放せない」という読書家になったきっかけは司馬遼太郎の『燃えよ剣』だったという。新撰組副長、土方歳三の生涯を描いた長編歴史小説だ。

 プロ入り4年目の1970(昭45)年、毎週水曜夜、同名のテレビドラマが放映され、とりこになった。原作の本を買い求めた。「誠」の文字が新撰組の隊旗に染め抜かれていた。

 そんな江夏の「誠」はマウンドでの姿勢に現れていた。味方がエラーをしても決して責めない。

 阪神時代、ある試合で二塁を守る若いころの中村勝広(後の監督、GM=2015年他界)がエラーをして沈んでいるのを慰めた。引退後何年もたち、中村から深夜に電話があり「あの時は……」と、その件を延々と話すのに戸惑ったそうだ。

 <投手と野手の関係は何年かたって、お互いにそういう思い出話、昔話ができる間柄が一番いいんじゃないか。エラーを巡っての思い出もないようだと寂しい>。著書の、その名も『エースの品格』(PHP新書)にあった。

 この夜の阪神先発・西勇輝も味方のエラーにも笑顔を絶やさなかった。

 5回裏、木浪聖也の悪送球が招いた1死二、三塁も、直後の筒香嘉智に勝負を挑み、三直併殺で切り抜けた。6回裏は大山悠輔の一塁悪送球(記録は内野安打)で先頭打者を出したが、後続の3人を切った。

 本紙独占インタビュー(6月29日付)で語っていた。「エラーでむすっとする投手はいると思いますが、怒っても何も変わらない」「がくっとしてもランナー取り消しにならないでしょ。プラスに考えよう。自分の投げた球が悪かったと」。不運にも屈しない姿勢が読み取れる。

 結局6回2失点でしのいだが、西は敗戦投手となった。今季14試合目の登板でクオリティースタート(QS=6回以上投げ、自責点3以下)11度目だが7敗目がついた。味方の援護に恵まれず、QSを果たしながら敗戦投手となる「タフ・ロス」(厳しい、または不運な敗戦)がもう6度目を数える。

 江夏はこの夜、テレビ解説で放送席にいた。好投報われない西の「誠」も「品格」も見て取ったことだろう。

 傷心の西、そしてチームに向けて書いておきたい。江夏はあこがれの土方歳三について、作家・浅田次郎との対談=『新選組読本』(文春文庫)=で語っている。「僕の空想の土方歳三は最後まであきらめない人なんです」。不運を嘆かないでいれば、そのうち女神もほほえんでくれるだろう。=敬称略= (編集委員)

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2019年7月3日のニュース