主人公はゲームそのもの…日本シリーズと江夏の21球

[ 2017年11月11日 10:15 ]

<日本シリーズ D・ソ>9回1死、同点ソロ本塁打を放った内川はガッツポーズ
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 【鈴木誠治の我田引用】プロ野球の日本シリーズは、ソフトバンクの2年ぶりの優勝で終幕した。息詰まる場面が多く、投手が投げる1球1球の意図、打者の心理、監督の作戦などを勝手に想像しながら、ゲームを楽しむことができた。いいシリーズだったと思う。

 今シリーズで印象に残ったのは、ソフトバンク・内川聖一選手が、第6戦に放ったソロ本塁打だった。2―3とリードされて迎えた9回1死、DeNAの守護神・山崎康晃投手の決め球、内角低めに沈むツーシームを見事に拾い上げ、同点とした。これで流れを引き寄せたソフトバンクが、日本一を決めた。



 プレーヤーたちは、ビッグ・ゲームに心理的に操られている。主人公は1球1球、局面を変えていくゲームそのものなのではないか。



 山際淳司氏のノンフィクション「江夏の21球」に出てくる一文だ。9回のあの場面、なぜ山崎康投手は2球続けて内角にツーシームを投げたのか。内川選手は、ファウルした1球目のツーシームと2球目で、どうして打ち方を変えられたのだろう。ビッグ・ゲームの緊迫感の中、選手にどんな心理が働いたのか、興味は尽きない。

 さて、江夏の21球。日本シリーズの名場面といえば、まずこのシーンを挙げる方も多いのではないだろうか。1979年、広島と近鉄が対戦した日本シリーズの第7戦で生まれた伝説だ。9回裏無死満塁。広島の守護神、江夏豊投手が無失点に切り抜けた21球のドラマは、山際氏のノンフィクションとともに語り継がれている。

 その伝説の新事実が、10月25日付のスポニチに掲載された。宮内正英編集主幹が、江夏氏を再度、取材してまとめたものだが、山際氏の文章にはなかったエピソードが含まれている。1死満塁、スクイズをウエストして空振りさせた江夏投手は、近鉄の西本幸雄監督、仰木彬三塁コーチ、一塁走者の平野光泰選手の動きを観察し、いつスクイズのサインを出すかを読む「駆け引き」に勝ったのだと言う。

 ほぼ同じタイミングで弊社から『「赤ヘル」と呼ばれた時代』という書籍を刊行した。1970〜80年代の広島東洋カープの黄金時代を過ごした5人が、弊紙で掲載した半生記「我が道」を、1冊にまとめたものだ。古葉竹識監督、主砲・山本浩二氏、鉄人・衣笠祥雄氏、江夏の後継者・大野豊氏、不動の1番・高橋慶彦氏の回顧にはすべて、違った視点からの「江夏の21球」が登場する。

 山崎康投手と内川選手の対決も、いつか検証されてほしいと思う。時間がたったからこそ明かせる事実があることが、スポーツの面白さの一つでもあるからだ。ゲームに操られる選手たちの心理は、大きく揺れ動き、切なく、人間らしい。そして、その人間らしさは、勝者の後ろでたたずむ敗者にこそ、色濃くにじみ出す。その告白を聞いた時、やはり主人公は人間だと思う。

 山際氏は書いている。



 淘汰される側には、たいてい、いいがたいほどのやさしさと、それとは裏腹の弱さと、もろく崩れやすいプライドがある。



 ◆鈴木 誠治(すずき・せいじ)1966年、浜松市生まれ。学生時代に山際氏のスポーツノンフィクション集「スローカーブを、もう一球」を読んだことが、スポーツ記者を目指した理由の一つだった。スポニチ入社後、「スポーツ新聞はノンフィクションのがらくた箱」と先輩に言われた言葉は、本当だと思う。

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2017年11月11日のニュース