「私たちは幻ではない…」日本不参加の1980年モスクワ五輪代表・赤羽綾子さんが明かした思い

[ 2025年7月2日 21:08 ]

1980年モスクワ五輪代表の東海大関係者を紹介するパネルの前で、聖火トーチを手に話す赤羽綾子さん(撮影・前川 晋作)
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 東海大は2日、神奈川県平塚市の湘南キャンパスで、1980年モスクワ五輪の日本代表だった東海大関係者を紹介するパネルを設置した。

 東海大の湘南キャンパス15号館1階には、1984年ロサンゼルス大会以降(冬季五輪は同年サラエボ大会以降)の五輪に出場した東海大関係者を紹介するパネルが設置されている。冷戦の影響で日本がボイコットした1980年のモスクワ五輪で、日本代表に選ばれながらも出場がかなわなかった東海大関係者を紹介するパネルが新たに設置された。

 当時の体操女子日本代表で東海大体育学部准教授の赤羽綾子さんは「何十年もの間、私は本当にオリンピアンだったのだろうかという思いがあった」と複雑な胸中を打ち明けた。1980年5月、モスクワ五輪開幕の2カ月前に日本の不参加が決定。その時に行われていた代表合宿はすぐに打ち切られたという。「世間の流れ的に覚悟はしていた。体操協会の専務理事が来ると聞いて嫌な予感がした」と不参加が伝えられた瞬間を回顧。「私は大人だったので冷静に受け止めたけど、10代の選手たちは泣いて言葉にならなかった。中にはもう二度と体操はやらないと言って辞めてしまった子もいた」。45年前に起きた悲劇の様子を赤裸々に語った。

 赤羽さんは、2020年東京五輪の聖火ランナーを務めることに。「やっと区切りができると喜んでいた」というが、新型コロナウイルスの影響で大会は1年延期となった。「開会式前日に渋谷を走る予定だったけど走れなかった。もう一回ボイコットに遭ったような、傷がえぐられるような感じだった」。モスクワ五輪に出場できず、東京五輪の聖火リレーも参加できずと不運が重なった。その1年後、2021年東京五輪開会式前日には点火セレモニーとトーチキスの式典に参加した。

 モスクワ五輪の代表選手は「幻の代表」と表現されることが多いが、赤羽さんは「“幻の”という言葉を聞くと傷ついていた。私たちは幻ではありません。実在しているので」と熱弁。「このような展示をしていただけて心から感謝している。不参加になったことがあったと知っていただければありがたい」と、この出来事を次の世代へ伝えていく大切さを語った。そして「今の選手たちは恵まれた状況でスポーツに打ち込めると思う。今の選手たちが活躍できることを祈念している」と現役アスリートたちへエールを送った。

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