丸山城志郎 東京五輪出場を懸けた「24分間の死闘」が最高の思い出「後悔は一切ない」

[ 2025年2月26日 06:00 ]

ミキハウススポーツクラブの野村忠宏GM(左)から花束を受け取る丸山城志郎
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 柔道男子66キロ級で世界選手権優勝2度の丸山城志郎(31=ミキハウス)が25日、大阪府八尾市で現役引退の記者会見を開いた。思い出の一戦として挙げたのが、阿部一二三(パーク24)に24分間もの死闘の末に敗れた20年12月の東京五輪代表決定戦。立ちはだかり続けた好敵手に初めて感謝の言葉を口にし、今後は所属先に在籍しながら指導者として競技に携わることを明かした。

 切れ味鋭い内股で柔道界をけん引し続けてきた丸山は、壇上で感無量の表情を浮かべた。2位にとどまった昨年2月のグランドスラム・パリ大会。過去と同じような熱量が湧き上がらず、そこから一年間、稽古を重ねても気持ちは変わることなく引退の決意に至った。ただ、全てを懸けて戦ってきた競技生活に胸を張った。

 「五輪の出場と優勝という目標はかなえられなかったけど、後悔は一切ない。達成感が大きい」

 3歳から始めた柔道。最も思い出深い一戦に挙げたのが、史上初の1試合限定で行われた阿部との東京五輪代表決定戦だ。通常の6試合分に相当する、24分間に及ぶ死闘の末に敗戦。しのぎを削ってきたライバルと現役生活では会話をすることもなかったが、今では「感謝」の思いが尽きない。

 「本当に強い選手だった。でも、僕をここまで強くさせてくれた選手でもある。彼のおかげで僕の柔道人生はこんなに華やかになったし、いろんな意味で成長できた。本当に、彼にはありがとうと正直に言いたい」

 今後はミキハウスに所属しながら、国内外で柔道を教える活動に取り組む予定。その先には、現役時代にたどり着けなかった大舞台を見据える。「この選手を五輪に出して優勝させたい。そういう思いをさせてくれるような選手を育てていきたい」。勝負にこだわり続けてきた柔道家が、第二の人生を歩み始める。 (西海 康平)

 ◇丸山 城志郎(まるやま・じょうしろう)1993年(平5)8月11日生まれ、宮崎市出身の31歳。3歳から柔道を始め、福岡・沖学園高、天理大を経て16年にミキハウス入社。男子66キロ級で世界選手権は19、21年に優勝、22、23年は準優勝。全日本選抜体重別選手権は18、19年に優勝。阿部一二三との直接対決は通算4勝7敗。1メートル67。

 ▼野村忠宏氏(天理大とミキハウスの先輩で五輪3連覇)丸山は世界中のファンに対し、組んで投げる柔道の醍醐味(だいごみ)を表現した。引退は新しい人生のスタート。柔道を広める一助となってほしい。

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