追悼連載~「コービー激動の41年」その73 現れた第3の男 人間性は善か悪か?
2009年のオフにレイカーズに移籍してコービー・ブライアントとパウ・ガソルに続く“第3の男”となるロン・アーテスト(2011年9月にメッタ・ワールドピースに改名)には、ペイサーズ時代の2004年11月にファンと乱闘を演じて厳罰を科せられた前歴があった。
ただし“悪童”のレッテルを貼られたものの、アーテストの人間性は見る人によって大きく異なっている。ナイトクラブの用心棒として生計を立てていた父ロン(シニア)は「家族思いだった」と言い、母サラは「昔はけんかなどしたことがなかった」と幼少時を振り返っている。弟が2人いるが、長男でもあったロンはその弟の面倒を率先して見ていたようで、アイゼイアとダニエルの弟2人にとっては日常生活における父親代わりだったようだ。
あまりクローズアップされないがセントジョンズ大(ニューヨーク市)に在籍していた時、彼が専攻科目にしていたのは数学。バスケットボールをやっていなければ、彼は高校で教鞭をとっていたかもしれなかった。おそらくNBAでも一握りしかいない隠れた理系プレーヤー。暴走することが信じられないほどの頭脳の持ち主だったとも言える。純粋で温厚な性格はNBAのドラフト時(1999年)にも表れていて、全体16番目にブルズに指名された時、彼は「うれしくて、うれしくて」と泣いていたのである。
生まれたのはニューヨーク市クイーンズ区にある米国内で最大規模の“団地”として有名なクイーンズブリッジ。ここからは多くのヒップホップ・アーティストが誕生しているが、団地内には多くのバスケットコートがあり、それが彼の運命を変えた。しかし1991年4月15日、当時11歳だったロンはその後の自分の性格に影響を与える大きな事件と遭遇する。「あれで自分はラフなプレーを当たり前だと思うようになった」と語っているのだが、この事件、日本だと信じがたい出来事だった。
事件現場はニューヨーク州北部のナイアガラフォールズ。ここでYMCA主催の高校生を対象とした春季トーナメントが開催されていた。その決勝に勝ち進んだのが地元ナイアガラ・コミュニティーセンター・チームと、アーテストの地元でもあるクイーンズの選抜チーム。試合は後半の残り19秒となったところでクイーンズが3点をリードしていた。
ここでスタンドがざわつき始める。応援していた学生と審判が口論となり、次に両チームの応援団同士がケンカを始めた。そして選手20人とファン40人が加わって大暴動に発展。この時、スタンドにいたブライアン・C・ヤングという16歳の高校生が、記録席の机を壊して取り外したスティール製の脚を投げつけた。不運なことにこれが試合に出ていたナイアガラ・チームのロイド・ニュートン(当時19歳)の背中に刺さり、先端が肺まで達したために病院に運ばれる途中で帰らぬ人となったのである。ヤングは市内をうろついているところを逮捕されたのだが、この時、事件の重要な証人となったのが試合を目の前で観戦していたロン少年だった。
多感な11歳という年齢を考えるとトラウマになったことだろう。その時に身にしみついた暴徒化したファンへの敵意と恐怖心が、2004年のあの暴力事件につながったのではないかとも思う。だからNBAでの一件だけで彼を判断するのは酷かもしれない。米国にはびこる社会の病巣をしっかりと見ておかないと、ロン・アーテストという人物の本質には迫れない。彼は2010年になると「メンタルヘルス」の重要性を提唱し、1年分のサラリーを関連団体に寄付。レイカーズで手にしたチャンピオン・リングでさえ、オークションに出品して落札された金額を全額寄付に回している。
NBAで「見かけと違う人物」としては、本当は気が弱くて、人にやさしく、陰できっちり勉強していた(…と私は信じている)ブルズ時代のデニス・ロッドマンを思い浮かべてしまうのだが、アーテストもこのタイプ。しかも2人とも守備のスペシャリストでファイナルではともに優勝に貢献している。ワールドピースという名前で引退したあとは、傘下のマイナーリーグで育成担当のコーチに就任。指導者としての資質もあり、レイカーズにやってきた“第3の男”の本質に迫るには、ブライアント同様に多くの時間と労力がかかった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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