ラグビーW杯誘致に複雑な住民感情「今は声高らかには言えない」

[ 2013年3月12日 06:20 ]

W杯誘致フラッグが掲げられた鵜住居地区のメーンストリートから、海岸線を臨む。新興住宅地だった地域は、荒涼とした平地が広がっている。奥の白い建物は、海岸沿いにあるがれき処理場

 【連載 ラグビーの町・釜石は今…2】釜石市のW杯誘致に向けた課題として、スタジアムなどの「建設予算」とともに挙げられるのが「複雑な住民感情」だ。いまだ約5700人が仮設住宅に暮らす現状で、市の誘致活動に「違和感を持っている」という表現で、関係者の言葉が紹介されることが多い。

 本当なのか。

 スタジアム建設予定地がある鵜住居(うのすまい)地区にあった自宅を失い、同地区の地権者連絡会会長を務める古川愛明(よしあき)さん(65=釜石市議)は、こう話す。

 「みんな、体半分はW杯が来てほしいと思っている。わたしは、そう信じている」

 残りの半分は、生活を再建すること。自らも仮設住宅に住む古川さんは「一緒に仮設にいる住民にW杯を誘致しようと言えないのは事実。でも、みんな何か建物ができてほしいと思っている。それぐらい、復興は進んでいない」と説明した。

 昨年3月、同地区にあるスタジアム建設予定地を訪れた時は、廃虚となった鵜住居小と釜石東中の校舎がそのまま残っていた。校庭には、巨大ながれきの山が10個ほども立ち並び、校舎の4階の窓には軽自動車が突き刺さったままだった。

 1年後、校舎の解体はほぼ終了し、がれきの処理は進んでいた。「あなたが見ると、復興は進んでいると思うでしょ?」と古川さんは言う。「でも、住んでる人間は少しも進んでないと思う」。沿岸部の狭い平地のがれきは取り除かれ、いたる所にあった住居の土台も処理が進んだ。

 「でも、何も建っていない。住民は何か建物が建ってほしい、どんな町になるのか知りたいと思っているんだ」

 海まで見渡せる何もない平地。そこに、復興のつち音を実感することはできなかった。

 新しい町づくりに向けた作業は、予定より遅れている。職員の数は圧倒的に足りず、市が発注する工事の入札は、入札額が予算を上回って数度に及ぶことが珍しくない。「いつ家が建てられるんだ」。住民の気持ちは、嫌でも足元に集中せざるを得ないのが現実だ。

 古川さんは言う。

 「W杯は誘致してほしい。多くの支援を受けたことを思えば、6年後に復興した姿を世界の人に見せたいし、感謝の気持ちを発信したい。でも、今は声高らかには言えない。頭は仮設住宅から抜け出すことでいっぱいだから。住民感情はまだ、(W杯に向けては)変わっていないんです」

 それでも、体半分ではW杯を、ラグビーを待ち望んでいる。

 「住民たちも、W杯をやりたいと思っているけど、声を出せない。わたしはそう思っている。だから今は、W杯は太陽のように遠くで光っていればいいんです。これから少しずつ、近づいてくるはずですから」

 「ラグビーの町」の住民は、W杯誘致に「違和感」を持っているわけではない。まだ、それを考える余裕がないだけだ。

 そう、信じたい。

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2013年3月12日のニュース