実情異なる日米の共通課題 医療システム再構築の時 医療格差が深刻な米国 高い技術力も医療費高騰の日本
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がん治療の最前線、米国で働く日本人医師が現場から最新の情報を届ける「USA発 日本人スーパードクター これが最新がん治療」。テキサス州ヒューストンにある米がん研究最大の拠点「MDアンダーソンがんセンター」で勤務する腫瘍外科医、生駒成彦医師のリポート最終回は「医療の未来と課題」についてです。
【米人口約8%医療保険未加入】
これまでの連載で、私が働いているテキサス大学MDアンダーソンがんセンターでの最先端医療の実際、特に抗がん剤、放射線療法、そして免疫療法や分子標的療法を手術と組み合わせる「集学的治療」、そして「ロボット手術」への取り組みをご紹介してきました。当院では常に最新の治療を模索しており、米国で2007年以降に認可された新薬の約6割が当院での臨床研究の結果を基に認可されたという、まさにがん治療研究の中心地です。
そのように新薬の開発が進む背景には、医療が一つの大きなビジネス分野および投資対象となっていて、多額の研究資金が投下され、多くの製薬会社や企業での雇用が生まれ経済が回っている、という米国医療を取り巻く特有の構造があります。皆保険制度のある日本とは大きなコントラストがありますが、今後の医療には大きな課題も待っています。
最先端の医療が健康寿命の延長に大きく寄与してきた一方で、各国は高騰する医療費に直面しています。米国ではGDPの約20%が医療費に使われており11%程度の日本と比べると大変高額です。しかし、米国での平均寿命は78歳。日本の84歳と比べると医療費に見合った成果が出ているとは考えられておらず、なおかつ人口の8%ほどが医療保険に加入できていないなど、大きな医療格差は社会問題となっています。
その一因と考えられているのが「出来高払い」による医療費支払いシステムで、高額の割にメリットの少ない治療も“コスパ”を鑑みずに行われてしまっているという現状です。米国で注目を集めているのは“バリューベースドヘルスケア”と呼ばれ、量ではなくて質(あるいは成果)に対してインセンティブを与えることで限られた医療費を有効活用し、患者さんの価値観に沿った“バリュー”の高い医療を推進しようという動きがあります。
私の専門の胃がんや膵(すい)がんに限らず、さまざまな消化器がんにおいて先述の集学的治療は、がん治療の成績(生存予後)を劇的に改善してきました。米国の一流雑誌である「Annals of Surgery」に報告した当院のデータでは、膵がんに対する集学的治療+手術の5年生存率は、20年前には30%程度でしたが、最近の症例では約50%にまで改善しています。
また、以前ご紹介したMSI-Hという特徴を持つがんに対しては、免疫チェックポイント阻害薬だけで根治が目指せる革新的な医療の進歩を目の当たりにしています。ロボット手術によって術後の回復が促進されることで、早期の社会復帰や術後の抗がん剤の開始を目指せるメリットもご紹介しました。
このようながん治療の進歩の中で、少し取り残されているのが患者さんの生活の質(QOL)に対する研究です。例えば、従来の治療よりも新薬Aによって生存期間が2カ月延びたという報告があったとします。ただその2カ月間の患者さんのQOLや、どれくらいの時間を病院の外で過ごし自由に生活を楽しめたかどうか、などの部分はほとんど分からないままですが、臨床研究では“有意に予後を改善した”という結論となり、FDA(米国食品医薬品局)からの認可を受け標準治療となります。今後はよりQOLの研究が進み、患者さんが現実的なゴールに向けて、自分の価値観に沿った治療を選択できるようになればと思います。
【日医療ビジネス活発化も重要】
日本の医療には、どのような未来と課題があるのでしょうか。連載でご紹介させていただいた、日本で開発が進められた放射線治療機器、ロボット手術や内視鏡の分野で開発が進むAIモデル、そして唾液を使ったリキッドバイオプシーなど、日本には誇らしい技術があります。ただ、日本がそれらを武器に国際的な競争力を高めるには、より活発な医療ビジネス環境と海外進出への政府主導のサポートおよび積極的な国際協力が必要となるでしょう。
高齢化・少子化が社会問題である日本において、医療費高騰の問題は引き続き深刻です。最近では高額医療費制度がニュースで取り上げられているのを拝見しています。そのような制度や国民皆保険すらない米国から見ると夢のようなディスカッションですが、日本の医療費に限りがある以上、どこからどこに再分配するのか、という「ゼロサム」の本質から考えないといけません。それぞれの医療行為のコストと効果に対して真摯(しんし)に向き合い、患者さんにとっての“バリュー”を最大限にできる医療システムをつくり直さないといけない、今がまさにその時かもしれません。 =終わり=
◇生駒 成彦(いこま・なるひこ)2007年、慶大医学部卒。11年に渡米し、米国ヒューストンのテキサス大医学部で外科研修。15年からMDアンダーソンがんセンターで腫瘍外科研修を履修。18年から同センターで膵・胃がんの手術を専門に、ロボット腫瘍外科プログラムディレクターとして勤務。世界的第一人者として、手術だけでなく革新的な臨床研究でも名高い。











