TBS「世界陸上」プロデューサーが語る父の思い 64年聖火最終ランナー坂井義則さんが駆け抜けた道

[ 2019年10月6日 10:30 ]

ドーハの国際放送センターで中継作業を行う坂井厚弘さん
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 世界のトップアスリートが集い、東京五輪へ向けてしのぎを削る世界陸上。灼熱(しゃくねつ)のドーハから生映像を連日届けるTBSのプロデューサー、坂井厚弘さん(45)。父親の坂井義則さんは55年前の東京五輪で国立競技場の最上段でトーチを掲げた聖火リレーの最終ランナーだった。

 「父と形は違いますが、偶然にもこうして私も東京五輪へつながる仕事に携わっていることはうれしいことです」

 1964年10月10日。義則さんは7万2000人の大観衆が見守る競技場を半周した後、聖火台まで続く182段の階段を上り、息を切らすことなく点火した。

 1945年8月6日、原爆が投下された日に広島で生まれ、当時19歳。早大1年生で競走部に所属し、400メートルで五輪出場を目指したが、選考会で敗れたランナーだった。堂々とトーチを掲げた姿は、敗戦国だった日本の再生を世界にアピール。海外では「アトミック・ボーイ(原爆の子)が平和の火をともした」と報じられた。

 開会式の聖火点灯は五輪の大きな見どころで、最終走者は大会の象徴的な存在でもある。各大会どんな人選になるのか世界の注目の的となっている。どんな思いで義則さんは大役を果たしたのか。

 家では口数の少ない父親だった。来年の東京五輪を「孫と見る」と楽しみにしていたが、5年前に脳出血で69歳で他界した。「自慢に聞こえると思ったのか、恥ずかしかったのか分かりませんが、直接父から聖火ランナーをやったという話を聞いたことがない」という。ただ、幼いころの記憶の中で、義則さんが「練習が大変だった」と一言だけ漏らしたことを覚えている。

 寡黙な父の言葉の重さを今夏、世界陸上のドーハへ向かう前に知ることができた。義則さんにトーチを渡した聖火ランナー、井街(いまち、旧姓鈴木)久美江さん(70)と話す機会があった。
 「ほかのランナーは練習が少しだけだったのに、最終走者は聖火台まで上がらないといけないから、あなたのお父さんだけは階段を上る厳しい練習を繰り返していました」。当時現場にいた人から初めて話を聞き、父がひたむきに取り組んだ姿が浮かび上がってきた。

 戦後復興の高度成長期で、努力と結果が求められた時代。義則さんはトーチを持つ手の角度から歩数まで厳しく指導され、聖火台までの長い階段で息が切れてフォームを乱すことや疲れて階段に手をつくことなど許されなかった。

 「父は当時、大学1年生。僕も学生時代、陸上をやっていたので分かります。大変だったと思います」。若き日の父の姿。重責の中で上った182段。胸が熱くなった。

 後に義則さんは当時を振り返ったインタビューで「最上段の景色は素晴らしかった。人生を変えてくれた」と語っている。責任を背負い、見事に果たしたからこそ充実感を手にしたのだろう。晩年は「五輪の意義を伝えたい」と五輪関連のイベントに積極的に参加した。

 来年の東京五輪。その放送に携わる予定の厚弘さんは「父のことを思うと(東京五輪に)縁を感じます。知らず知らずのうちに陸上も仕事も父と同じ道を歩んでいました」と語る。注目するのは最終ランナー。「被災地出身の人になるんでしょうか。父は五輪は平和の祭典でなければいけないと考えていたと思います。そういう側面が世界に伝わってほしい」。スタジアムを駆けた父の心のトーチを受け継いでいく。(鈴木 美香)

 ◆坂井 義則(さかい・よしのり)1945年(昭20)8月6日生まれ、原爆の爆心地から70キロ離れた広島県三次市出身。2014年(平26)9月10日、69歳で死去。三次高から早大へ進学。東京五輪は400メートルと1600メートルリレーの強化選手だった。フジテレビでは主にスポーツ報道を担当。1972年ミュンヘン五輪ではゲリラが選手村を襲い、イスラエルの選手ら17人が犠牲になった事件を現地から電話でリポートした。

 ≪生家にトーチやユニホーム≫父、義則さんの広島の生家には聖火リレーで使用したトーチや着用したユニホームが飾られていた。フジテレビを定年後、五輪関連のイベントに出席し、トーチを披露することもあった。「触ってもらわないといけない」と子供たちに手に取ってもらうなど、平和の祭典としての五輪の意義を広めようと努めていた。

 ≪自国メダリストが多い最終ランナー≫聖火リレー最終走者は、自国のメダリストから選ばれることが多く、前回の16年リオは、04年アテネでマラソン銅メダルのデリマ氏(50)だった。96年アトランタは、60年ローマ五輪の金メダリストで元ボクサーのムハマド・アリ氏が聖火台に点火。ちなみに日本の冬季五輪では98年長野は92年アルベールビル女子フィギュアで銀メダルの伊藤みどりさん(50)が担当。20年東京五輪については、04年アテネ五輪野球で日本代表チームを率いた長嶋茂雄氏(83)や14年ソチと18年平昌の金メダリストで東日本大震災で地元・仙台で被災した男子フィギュアの羽生結弦(24)らが取り沙汰されている。

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