カズが認めた天才 全世代で日本一 代表務めるチームで背番号11を空けている理由は…

[ 2019年2月25日 14:39 ]

SС相模原代表の望月重良氏
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 TBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後7・00)が24日放送され、元サッカー日本代表FW三浦知良(51=J2横浜FC)が「天才型の選手」とその実力を認めた元日本代表MFの望月重良氏(45)の現在が紹介された。

 カズは、望月氏を「あんまり選手のことを天才とか言いたくない。そういう表現って好きじゃないんですけど、天才型の選手じゃないですかね。ボールを扱う技術、トラップにしてもドリブルにしても他の選手とはちょっと違った感覚があったと思います。サッカーの技術面だけじゃなくて、彼の筋肉の質は最上級だったと思いますね。僕とは比べ物にならない」と評した。

 望月氏は、小中高でいずれも日本一を経験。名門・清水商高では、1年時からレギュラーで、先輩だった名波浩(46)、藤田俊哉(47)に指示を飛ばし、当時の監督、大滝雅良氏(67)は「王様みたいだった。働きバチの名波や藤田が仕事をしていた」と話していた。

 1996年にJリーグの名古屋に入団し、いきなりデビュー戦でゴール。2000年にチームメートとなったカズの考え方に触れたことがきっかけで日本代表に定着した。望月氏は「カズさんと出会って俺が思っていたプロの定義を崩されて、やるべき物事に対して100%全力でやるという物の考え方に変わりました」と振り返った。

 しかし、04年に左足が国指定の難病「特発性大腿骨頭壊死症」と診断され、サッカーの表舞台から姿を消した。「もう絶望でした。それを周りの人に言ったら“やめろ”という人が大半。普段と違った痛みというか違和感ていうか。何をやっても回復しなかった」という。症状が進むと歩けなくなることから「サッカーをやめなさい」と医師から言われたが、選手でいたいという思いからリハビリに臨んだ。投げ出しそうになった時、当時37歳だったカズを訪ね「俺より先に引退するのか」と言われた。「“俺より先にやめるのか”なんていう問いかけに“やめられないよな”って思ったし、(カズは)30歳後半でプロの世界で戦っている。体を投げ出してでもボールに食らいついて行く。そういう姿を見ていると、まだまだピッチに立つことをあきらめちゃいけないと思った」という。

 過酷なリハビリに耐えた望月氏は05年に横浜FCの入団テストに合格し、727日ぶりにピッチに立った。「プレーの出来は50点くらいだったと思うんですけど、リハビリの苦しさ、あとはサッカーをやめろと言われた思い。いろんなものが入り混じって僕としては大事な試合でしたね」

 翌06年には、病気を公表せず引退。「リハビリを乗り越えてまたピッチに立ったってことは満足してますけど、完全燃焼じゃなかった。現役をやりたいっていう熱をクラブチームに注ぎ込んだ感じです」と、自らの貯金を投じ、SC相模原の代表に転身した。現在、J3に所属する同チームの背番号11は、Jリーグに加盟してから不在だという。「お世話になったカズさんに何かできるとしたら背番号11番を空けて、サッカー選手をずっとやれる環境をいつまでも用意していたい」と望月氏。カズは「毎年オファーくれますし、自分も努力して現役を続けていく中でそういう思いを持っていてくれるサッカー界の同志がいるのは、すごい幸せだなと思います」と話していた。

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