JRA初 5・31ダービーも無観客…コロナ終息気配見えず苦渋の決断

[ 2020年4月24日 05:30 ]

無観客で行われた4月19日の皐月賞以降も5月末までの無観客が決定した
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 競馬の祭典にもあの大歓声は帰ってこない。JRAは23日、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、25日から日本ダービー当日の5月31日まで引き続き、無観客競馬で開催すると発表した。ダービーをはじめ、天皇賞・春(5月3日)、NHKマイルC(同10日)、ヴィクトリアM(同17日)、オークス(同24日)はそれぞれ無観客での実施となる。

 苦渋の決断だ。2月29日から無観客競馬を実施してきたJRAは、19日に行われた牡馬クラシック第1冠・皐月賞を一つの区切りに、新型コロナウイルスを巡る状況の好転を待ったが、政府による緊急事態宣言の対象地域が全国に拡大するなど終息の兆しが見えず。例年10万人以上が来場するダービーも無観客で行うことを決めた。

 無観客でのダービーは、終戦前年の1944年(カイソウ)以来76年ぶり。戦局が緊迫したことから、当時の東条英機内閣はこの年の競馬を中止、主要レースのみ馬券発売のない非公開(無観客)の能力検定競走として実施した。1954年のJRA創立以降では初めて。87回目を数える今年のダービーは歴史的なレースとなる。

 皐月賞を勝ったコントレイルが出走予定の矢作師は一報を受け、「寂しい以外にないです。皐月賞を勝った後、“競馬をやっていることが楽しみ”“唯一の救いだ”という多くの声を頂きました。我々は責任感を持って、やっていきます」と神妙に語った。声援は聞こえなくとも、ファンが競馬の開催継続を求める声は確かに関係者に届いている。

 相次ぐプロスポーツの中止。外出自粛要請で行動が制限される国民にとって、いまや競馬は数少ない娯楽の一つだ。先週18日には、無観客競馬実施以降初めて開催場全ての売得金が前年比プラスとなった。中央競馬は馬券の売得金の一部を国庫納付金として納め、国の財政に貢献。存在意義は日に日に大きくなっている。

 JRAは人馬の移動制限などの感染拡大防止策の継続も同時に発表した。東西トレセン、各競馬場では密閉、密集、密接の3密を避けるよう、周知徹底されており、不便を承知で新幹線を含む電車移動を見合わせる騎手もいる。関係者が一丸となって競馬継続へ。最大限の努力を惜しまない。たとえ画面越しであっても、最高の感動を届けたい思いに揺るぎはない。

 ▼後藤正幸JRA理事長 このたびの新型コロナウイルス感染症に罹患(りかん)された皆さまに、心よりお見舞いを申し上げます。新型コロナウイルス感染拡大の影響に鑑み、私どもは4月25日から日本ダービー当日の5月31日までの間、お客さまをお迎えすることなく無観客で競馬を開催することといたしました。中央競馬をお楽しみいただいているお客さまにはご不便とご迷惑をお掛けいたしますが、何とぞご理解、ご協力くださいますようお願いいたします。引き続き、中央競馬をご愛顧いただきますよう重ねてお願い申し上げます。

 【過去の異例ダービー】
 ≪馬インフルエンザ流行/72年は異例の7月開催≫今回と同じ「無観客ダービー」は終戦前年の1944年(優勝馬カイソウ)に実施されている。戦局緊迫に伴い、主要レースのみ馬券発売のない非公開(無観客)の能力検定競走で行った。翌45年は戦局悪化で競馬中止、ダービーも行われなかった。46年10月に競馬再開、47年にダービーも再開された。その47年も含めて以降のダービーは5月か6月の東京で実施されているが、68年と72年の2回は7月に実施された異例のダービーとなった。

 タニノハローモアが逃げ切った68年は東京競馬場改装工事の影響で7月7日に実施され、文字通りの「七夕ダービー」に。同年は皐月賞が5月19日(中山)と当初から変則日程で実施されていた。

 ロングエースが制した72年は前年から発生していた馬インフルエンザの大流行に伴い、関東地区の開催が長期中止、大幅に日程変更となった。ロングエースは5月28日に行われた皐月賞(中山)で3着後、ダービー(7月9日)で皐月賞馬ランドプリンスを破って優勝した。

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