川合俊一 熱い高校時代の青春 監督不在でサボるかと思いきや「自分たちで決めた方が厳しくなって」

[ 2026年5月2日 18:58 ]

川合俊一
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 日本バレーボール協会会長でタレントの川合俊一(63)が、2日放送のTOKYO FM「川島明 そもそもの話」(土曜後5・00)にゲスト出演し、学生時代の競技との向き合い方について語った。

 新潟から東京に転居し、中学生でバレーを始めた。公立校だったが「メンバーがいいから、初めてその学校、全国大会の決勝まで行っちゃうの」と、快進撃で注目されたという。

 すると、川合の進路にも多くの選択肢が。「推薦がいっぱい来るでしょう?推薦ってことは、受験勉強しなくていいんだよ」。引く手あまたになり、「バレーを続けたら、受験勉強しなくていいんだと。結構、いい高校からも来ていて。そのころ、大学付属がはやっていたから、明治大学付属中野高校という。ここへ行っちゃえと」と、進学先を決めたという。

 ところが、入学してみると、練習環境面で思わぬ壁に直面した。「バレー部なのに、バスケット部が強いから、月曜から土曜までバレー部は外で練習」。そのため「雨は中止、突風で中止、日没で終わり」という、制約の多い環境だったという。しかし、チームは中学に続き、またしても思わぬ好成績。「こんなので勝てるのかよ?と思ったら、関東大会に優勝したんだよ」と明かした。

 逆境を力に変えたという。「何が良かったかというと、高3の時に監督が全然、練習に来なくなったの。月に1日くらいしか」。そんな状況で「そうすると、自分たちで考え出すんだよね」と、部員たちに自主性が芽生えたという。

 「俺もサボると思ったの。週1日休みだったんだけど、“週2日(休み)にしようぜ”とか。3年生、みんなで言うのかなと思ったら、“他の強い学校は練習、休んでないらしいぞ?”とか、“俺たちも休むのやめようぜ”とか言い出すやつが出てくるわけよ。自分たちで決めた方が厳しくなっていくのよ」

 これまでは雨天中止だった練習も、別の体育館を借りて、行うほどにまでなったという。「板橋の方の幼稚園の体育館が空いているらしいとか。そこに行って、雨の日は体育館で、幼稚園の子供たちと一緒に」と、熱い青春時代を笑いながら明かしていた。

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