元フジ・富永美樹アナ 最愛の父との別れ報告 約5カ月の闘病の末に年明けに死去「本当に頑張りました」

[ 2026年1月20日 11:39 ]

富永美樹インスタグラム(@miki.tominaga.official)から

 元フジテレビでフリーアナウンサーの富永美樹(55)が19日、自身のインスタグラムを更新。年明けに最愛の父が亡くなったことを報告した。

 「父は本当に頑張りました 昨年8月半ばに緊急入院し 間質性肺炎と心筋梗塞との診断を受け 医師より『救命は難しい』と言われた中での5ヶ月あまりの闘病」と冨永アナ。「人工呼吸器を装着するため 喉を切開し声も出せなくなり それでも 容態が上向いて器械が外せたタイミングでは声を出せる管に変えて おしゃべりもできたり 父が大好きだった思い出の歌『もしもピアノが弾けたなら』を歌ってくれたり…『絶対に生きることをあきらめない』言葉にはできなくても父の戦う姿からはその思いが伝わってきました」とつづった。

 「そんな父のところへ 毎日1時間近くをかけて見舞いに通った母 父の生命力と母の深い愛情を日々目にしながら『私にもこの力がきっとあるはずなんだ』 自分を愛してくれる父がまもなくこの世からいなくなってしまう… 不安と恐怖を感じていた私に父は最期まで生きる勇気を与えてくれました」と記した。

 「12月頭にはリハビリ病院への転院が許可され 父は家に帰りたい一心で移った先で懸命にリハビリに励んでいたのですが そこにいられたのは1週間あまり…再び元いた病院へ救急搬送されることになりました」とした。

 「私も東京にいる時は仕事の前に後に病院を訪れ 年末年始の休みに入ると『もしかしたら今日が最後なのかもしれない』と思いながら毎日父のところに通いました とにかく後悔したくなかった」と冨永アナ。「体力と心のギリギリまで父を見舞い私は心が不安定になり始め 改めて80歳の母の強さも思い知らされ そんな頃に 経営する会社の仕事で山梨に戻った翌日に『父の心臓が止まった』と連絡があり 昨晩走った中央道を再び東京へと車を走らせました」と回顧。「『もう間に合わない』とわかっていました でもきっとこうなるとわかっていたから昨日まで毎日見舞ったのだから…そんな思いでもいました 間に合いたくなかったのかもしれません」と切実な思いも吐露。「3年前に夫の父を見送った時は心臓の鼓動が失われていくさまを目の前で見ていました きっと父のそんな姿を見るのは耐えられない…と感じていました 気持ちの弱い娘のことを父はわかってくれていたのかもしれません」とつづった。

 「お盆休みに入院し お正月の休みが終わる頃旅立っていきました どちらも2拠点居住 2拠点ワークをする娘が一番近くにいられる頃に…」と報告。「やっぱり娘にはたくさんお見舞いに来てほしかったのかな?ね、お父さん?今までたくさん愛してくれてありがとう 富永家だってもちろんいい時ばかりじゃなかったけど 55年間 お父さんの娘でいられて幸せでした」と記した。

 「富永俊樹さん…心から愛する奥さんと出会えて3人の子供が生まれ懸命に育てあげました 晩年は脳梗塞で半身に麻痺が残り それでもなんとか歩けるようにと ゆっくりゆっくりだけれど リハビリのために早朝から散歩をしていました そこで本当にたくさんのお友達にも恵まれました」「家族だけで執り行った葬儀に 父の暮らした町でできた友人の皆さんが顔を見せてくれ色々な話をしてくれました」「思い出したのは子供の頃」「激しく娘を叱った後は
必ず目を見てニコッと笑ってくれたこと」「きっとその笑顔で色々な人を幸せにしたんだろうなお父さんは…そんな父が大好きでした 父のことを誇りに思い 強く強く生きていくね お父さん ありがとう 永遠にあなたの娘 富永美樹」と締めくくった。

 1994年にフジテレビに入社し、98年に「シャ乱Q」まこととの結婚を機に退社。その後はフリーアナウンサーとして活動し、クイズ番組などでも活躍。現在、東京都山梨の二拠点生活を送っている。

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