【岸本加世子 我が道29】これからも一歩一歩 “それなりに”頑張っていきます

[ 2025年11月30日 07:00 ]

マグロ漁船の船員だった実父。出航を見送った時の1枚です(1965年)
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 15歳でスカウトされ、16歳でデビューしましたから、来年は50周年イヤー突入です。

 俳優は基本待ち仕事。次にどんな役が来るかは来てみないと分からないので、いただいたご縁、お仕事に真剣に取り組むしかないなと思っています。

 「絶対におばあちゃんの役はやらない」

 そうおっしゃった先輩もいましたが、私は何でもやるつもりではいます。「これだけは絶対に譲れない」みたいなものは全然なくて、「あっ、今はこういう役が来るんだな」と気付かされることがとっても新鮮です。

 私が出演したテレビドラマが終わるやいなや、それこそ1秒後とかに「良かったわよ」とお電話をくださるのが浅丘ルリ子さん。本当にありがたく思っています。

 10代の頃から、ひとつだけやってみたい役があります。清水次郎長親分の奥さんの「おちょうさん」。次郎長親分と言えばもちろん清水。実は、静岡県出身の私の母方の祖母の名前がなんとおちょうさんと同じ「岸本ちょう」なんです。

 岸本家の母方の祖父は静岡の大きな菓子問屋の若旦那。大金持ちで、人力車で芸者さんを連れて帰ってくるような、そういうおじいちゃんだったそうです。

 ところが30代で亡くなってしまいました。突然、乳飲み子5人が、ちょうおばあちゃんに残された。生活費を捻出するために5人の子供たちを預けて、静岡銀行に勤め、それはそれは苦労したと聞きました。

 清水の次郎長は1847年に兄貴分の江尻大熊の妹おちょうさんを妻に迎えて一家を構えます。幕末から明治に活躍した侠客、博徒で、実業家としても知られた人ですよね。静岡県民にとって、とりわけ母親の世代の人たちにとっては次郎長親分は誇らしい存在。だから、私もいつか、次郎長親分のおかみさんをやりたいなと、若い頃は思ったりしましたね。

 芸能界入りして半世紀の道のりを軸につづってきましたが、連載もいよいよ終わりの時を迎えました。演出家の久世光彦さんはじめ樹木希林さん、美空ひばりさん、北島三郎さんたちとの“濃密な交流”は私の唯一の財産になっています。

 これからも一歩一歩、いただいたお仕事を大切に、しかし肩肘張らずに“それなりに”頑張っていきたいと思います。

 読者の皆さま、1カ月間、お付き合いいただきましてありがとうございました。感謝です! =終わり=(構成・佐藤 雅昭)

 ◇岸本 加世子(きしもと・かよこ)1960年(昭35)12月29日生まれ、静岡県島田市出身の64歳。77年、テレビドラマ「ムー」で女優デビュー。以降、テレビ、舞台、映画、CMなどで幅広く活躍。ドラマ「あ・うん」、舞台「雪まろげ」、北野武監督の映画「HANA―BI」「菊次郎の夏」など代表作多数。著書に小説「出てった女」、エッセー「一途」など。

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