【売野雅勇 我が道6】「UNバランス」な高校生活 河合奈保子さんに書いた曲に隠された意味

[ 2025年8月6日 07:00 ]

修学旅行先の長崎で
Photo By 提供写真

 洋楽に目覚めてからは、ラジオにかじりついていました。中学の時は、文化放送で小島正雄さんがDJをしていた「9500万人のポピュラーリクエスト」や映画音楽を中心にした「ユア・ヒット・パレード」を愛聴。県立足利高校に進学後は「糸居五郎のオールナイトニッポン」に周波数を合わせるようになりました。洋楽をかけていたのと、なんといっても糸居さんのしゃべり方がスタイリッシュだった!

 授業を受けず、劇場で映画を見て過ごす時間が増えていきました。フランスのヌーベルバーグに影響され、日本に新しい映像手法を取り入れた大島渚、篠田正浩、吉田喜重の作品も見ました。大島の「帰って来たヨッパライ」を目にした時は、これも映画なのかと言葉をなくしました。若松孝二が撮って、伊丹十三が主演した映画「金瓶梅」が公開されたのもこの頃。緒形拳と安田道代の「セックス・チェック 第二の性」はボーボワールの「第二の性」が基なんだけど、陸上部を舞台に性別を超えた結構でたらめな内容。でも僕はこの作品で安田さんのファンになった。

 アンダー・グラウンドの演劇を見るため数カ月に1度は上京。電車の中で倫理的な本をたくさん読みました。響いたのは批評家の亀井勝一郎が「寛容」について書いたシリーズ。人生をどのように見て、どう生きていくかについて記されていて僕の道を形成していくのに役立ちました。

 伊丹の妹と結婚していた大江健三郎にも興味を持ち、伊丹をモデルに書いた「日常生活の冒険」から大江作品も読むようになりました。あとは思春期の男の子なら誰でも頷(うなず)くと思うんだけど、太宰治の「人間失格」を読んだ時は「僕のことが書いてある!」とハッとしました。

 本は僕にたくさんの言葉を運んできてくれました。言葉を知りその上位概念をたどりボキャブラリーを豊かにすることは、グラデーションをつけて表現することにつながる。脳内にある言葉をどのように組み合わせ歌詞を書くのか。作詞家としての見せ場なんですね。

 寛容という言葉の中に宇宙を感じていた高校時代。慢性的な下痢に悩まされていました。親と医師が心配して名前も効用も知らせず、僕に飲ませていたのが「バランス」と「コントロール」という精神安定剤。初老性の鬱(うつ)だった祖父の薬袋に同じ錠剤を見つけてギョッとしました。

 修学旅行に行くと言われた2年の10月。気乗りがしなかった僕は積み立てた旅費でウッドベースを買おうと計画していました。でも病院の先生に「気分転換になる」と勧められ、長崎に着いたら、その日に2年半の下痢が止まりました。

 内緒で精神安定剤を飲まされていたことへのリベンジの意味も含め、河合奈保子さんに書いた曲のタイトルを「UNバランス」と「コントロール」と名付けました。2曲がヒットしたことで、この時の悔しさを回収できました(笑い)。

 ◇売野 雅勇(うりの・まさお)1951年(昭26)2月22日生まれ、栃木県足利市出身の74歳。企業のコピーライターなどを経て、81年作詞家に。中森明菜「少女A」、チェッカーズ「涙のリクエスト」、郷ひろみ「2億4千万の瞳」などのヒット曲を生み出した。これまでに1500曲以上の歌詞を制作。2026年に活動45年の節目を迎える。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「中居正広」特集記事

芸能の2025年8月6日のニュース