“ミスターを愛した男”徳光和夫も賛同 長嶋賞創設 「一番熱いプレーした選手を記者投票で」

[ 2025年6月15日 04:00 ]

08年、映画イベントで言葉を交わす長嶋茂雄さんと徳光和夫

 肺炎のため3日に死去した長嶋茂雄さん(享年89)の大ファンで知られるフリーアナウンサーの徳光和夫(84)がこのほど、本紙などの取材に応じた。これまでテレビやラジオの番組で長嶋さんを追悼することはあったが、報道各社から取材希望が相次いでいたため、取材対応した。

 本紙評論家の張本勲氏(84)が「賞として長嶋さんの名前を残すことは非常に大事だ」として6日付の本紙を通じて提言したのに続き「長嶋賞」の創設を熱望した。先発投手が対象の「沢村栄治賞」があることを引き合いに「年間で一番熱いプレーをした野手を記者投票で選出する」と内容も提案。華やかなプレーで球界を盛り上げた長嶋さんを「“ファンあってのプロ野球”を貫き通した方」と評し、創設を期待した。

 「ファンあって」の一例として、名球会がオーストラリアで現地チームと試合をした時のエピソードを披露。他のメンバーは現地でグラブを受け取る中、長嶋さんだけが日本から持参。「慣れた道具じゃないと、ちゃんとしたプレーは見せられませんよ」と話し、国外でさえ魅せることにこだわったという。

 張本氏の提言には球界や野球ファンから多くの賛同の声が上がっており、徳光も「長嶋ファンとして熱望なんですけど、聞き入れてもらいたいなと思う」と願った。

 また、7日には長嶋さんと自身の母校である立教大の池袋キャンパス(東京都豊島区)にある記念碑に献花したと明かした。長嶋さんとの最後の会話は昨年8月。同5月に完成した同記念碑に関する手紙を送ると、数日後に長嶋さん側から電話があった。同年就任した巨人の阿部慎之助監督について「巨人で初のキャッチャー(出身)の監督だから面白いよ」と話していたと振り返った。(山内 健司)

 【徳光に聞く】
 ――訃報を聞いた時の心境は?
 「もう喪失感で、正直なとこ、この仕事やめようかな、と思ったぐらい」

 ――初対面は?
 「(日本テレビに)入社2年目の5月、朝の生放送で長嶋さんがゲストで来られた時、先輩アナウンサーが僕を呼んでくれて“ミスターに憧れて立教大に入ったアナウンサー”と紹介してくれた。その時に長嶋さんがニカッって笑顔でハイトーンの“そうなの?頑張ってね”って言葉を頂けた」

 ――その後、会うきっかけは?
 「長嶋さんが監督を解任された時、朝の番組で“読売新聞は読まない、報知新聞は取らない”と言った。長嶋さんがそれを見ていて、日本テレビのスポーツ局長に“クビを懸けてしゃべってるな”と電話がかかってきた。それで一度食事することに。舞い上がって正直、何をしゃべったのかも分からない。長嶋さんが心配してくださって“何かあった時には相談に乗るよ”と言ってくれました」

 ――現役引退試合は観戦した?
「『NTV紅白歌のベストテン』のリハーサルに出ずに球場に行きました。ホームラン打った時には泣きました。セレモニーでバックネット裏にしがみついて(球場内の)カメラマンに“どけ。お前たちの長嶋さんじゃないんだ”と罵声を浴びせた。言い返されたと思ったら、日本テレビのカメラマンだった」

 ――現在の心境は?
「昭和の太陽が千の風になった感じで私の中では死んでいません。長嶋さんを音楽に例えてBGMを考えると、立教時代は北島三郎さんの『北の漁場』とか『まつり』。現役時代はサザンオールスターズ。監督時代は永ちゃん(矢沢永吉)のバラード。今、お亡くなりになってそれこそ秋川雅史さんの『千の風になって』がふさわしいんじゃないかな」

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