西村修さん最期まで戦う ドクターストップを無視 妻と息子の前で電流爆破マッチ「しっかり生きます」

[ 2025年2月28日 18:46 ]

プロレスラーの西村修さん
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 プロレスラーで東京・文京区議会議員の西村修(にしむら・おさむ)さんが28日、死去した。53歳だった。昨年4月に食道がんと診断され、闘病生活を続けていた。

 1998年に1回目のがん(後腹膜腫瘍)を発症。化学療法は受けずに食事療法などの東洋医学で克服していた。そんな西村さんに再び病魔が襲ったのは昨年3月、左脇などに痛みを感じて病院で検査を受けたところ、4月に「食道がんステージ4、左半身上半身に転移している」と診断されて、抗がん剤治療をスタートさせた。

 6月に「体中のがん細胞の70%が消えた」と抗がん剤治療の効果を確認したものの、第5クール目の7月5日に入院中に脳腫瘍で失神して、そのままICU(集中治療室)へ緊急搬送。急遽、抗がん剤治療を止めて、脳への放射線治療をスタートした。

 そんな状況で迎えた8月24日、ドクターストップを無視して、「テリー・ファンク1周忌追悼・大仁田厚デビュー50周年記念大会『川崎伝説2024』」(神奈川・富士通スタジアム川崎)で、83歳の師匠、ドリー・ファンク・ジュニアとタッグで大仁田組と「有刺鉄線電流爆破マッチ」に出場。妻と5歳の息子の前で試合を行った。さらに9月には文京区区議会へも出席し、議員の仕事も行った。

 だが、10月19日、再び脳腫瘍による脳梗塞で自宅で意識不明となり緊急搬送。同月28日に7時間をかけて、転移した脳腫瘍の摘出手術を受け、数日後に意識が回復して4日間に退院。11月中旬には、その脳腫瘍の残り1センチをガンマナイフによる放射線治療(5日間)でも治療。12月8日、がん発覚後の2度目のプロレスの試合。「FMWE神奈川・鶴見青果市場大会」の「有刺鉄線電流爆破マッチ」。青木真也・竹村克司とのトリプルタッグで、大仁田厚・雷神矢口、マンモス佐々木組と対戦。開始3分で、電流爆破バットで殴打されて気を失った。12月下旬にもう一度ガンマナイフを、今年1月上旬には、ここまでの抗がん剤治療(計8クール)に加えて、再発した脳腫瘍に向けて、放射線治療も再開。しかし、たびたび気を失うなど、徐々に不調が目立ってきた。

 2月16日、Facebookに「生きてるのか死んでるか、わからないくらい苦しかったこの一週間。しっかり生きています。人間は、諦めたらおわり。あと数日にて議会復帰します」と現状をつづっていた。

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