新宿アルタ、28日45年の歴史に幕 中山秀征「アルタには全てがあった」デビューした“原点の地”

[ 2025年2月28日 05:00 ]

アルタへの感謝の気持ちを色紙に書き込んだ中山秀征(撮影・村上 大輔)
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 東京・新宿駅東口前の待ち合わせ場所の定番だった商業施設「新宿アルタ」が28日に閉館する。7階の「スタジオアルタ」ではフジテレビ「森田一義アワー 笑っていいとも!」「ライオンのいただきます」などの人気番組が生放送された。タレントの中山秀征(57)にとっては、お笑いコンビ「ABブラザーズ」として「…いただきます」でデビューした思い出の場所。本紙の取材に応じ「あの空間は“お笑い虎の穴”でした」と当時を振り返った。

 中山の芸能生活は1985年、「いただきます」の出演から始まった。松野大介(61)とABブラザーズとして活動し、レギュラーとして89年までの約4年半、生放送で腕を磨いた。中山は「道具、武器、戦い方が全てがあそこにあった。感謝しかない」と振り返る。その経験は日本テレビ「シューイチ」などの情報番組でMCとして手腕を発揮する原点となっている。

 番組を仕切っていたのはMCの小堺一機(69)や、「オレたちひょうきん族」を手がけた歴戦のスタッフたち。狭い楽屋裏では「いいとも」の司会者タモリ(79)らスターの一挙手一投足を間近で見ることができた。「環境としては間違いなく当時のNo・1。毎日収録があることで明日改善できる。これが一番大きかった」。放送終了後には小堺を中心に、即興コントを実施。そこでも優秀な音響の仕事ぶりから、裏方との信頼関係を学んだ。「普通はデビューして1年かかるようなことが、1カ月ぐらいで全部できた」と恵まれた環境に感謝は尽きない。

 すぐに人気が出たため、ファンが東京・国立にあった所属事務所の寮までついてくることもあった。「初日は普通に入れたのが、2日目からは出入り口に人だかりができている。誰のファンかと思ったら、自分だったんです。ついてきた人と一緒に中央線に乗って、サインを書いたり、写真を撮ったりというのはありましたね」。一夜で人生が変わるテレビの力を実感した。

 帯番組の怖さを思い知ったのもアルタだった。降板後にコンビの人気は急落し、92年に事実上の解散。「あの狭い空間というのは面白いのもすぐ分かるし、つまらないのもすぐバレる。アルタでの成功が天下を獲る証になっていた。ただ、失敗するともう一度やり直さないといけない」。

 中山にとってアルタはテレビの光と影を思い知った場所でもあった。「アルタにしか生めないものが、アルタにはあった」と中山は言う。テレビ界の最先端を彩った場所が45年の歴史に幕を下ろす。(前田 拓磨)

 ≪近年赤字…今後は“検討中”≫新宿アルタは1980年に開業。新宿駅東口に面した壁面には、日本初の大型街頭ビジョン「アルタビジョン」を設置。ニュース速報も流され、83年に田中角栄元首相に実刑判決が下された時や93年に当時の皇太子さまと雅子さま(今の天皇、皇后両陛下)のご婚約が決まった際などは多くの通行人が見入っていた。

 2000年に「ダイビル」が建物の所有権を取得したため、正式名称は「新宿ダイビル」となった。ビルの運営は開業時から三越伊勢丹が行っていたが、近年は営業赤字が続いたことで45年の歴史に幕を下ろすことを決めた。閉館後について、ダイビルはスポニチ本紙の取材に「検討しているが決まっていることはない。お伝えできることはありません」とした。

≪猫のシンクロ動画で「感謝の思い」≫新宿アルタに隣接する「クロス新宿ビジョン」が「アルタビジョン」とのシンクロ動画を制作した。「クロス…」に出現した穴に猫が入ると、「アルタ…」に猫が現れる。その後、猫は「クロス…」に戻るが、穴にはシャッターが下りてしまい、寂しそうに鳴くという映像だ。「クロス…」の広報マーケティングリーダーの武石匡央さん(51)は「45年間、新宿の駅前を盛り上げていただいた感謝の思いを伝えたかった」と説明した。2026年にはアルタ横に新たな縦型ビジョンが完成する予定。武石さんは「寂しくなるが、2つのビジョンを連動させてまた盛り上げていきたい」と意気込んだ。

 ≪「テレフォンショッキング」で祝い花 生花店店長「生活の一部だった」≫「笑っていいとも!」の名物コーナーといえば「テレフォンショッキング」。多くの祝い花がゲストを出迎えたが、この「スタンド花」と呼ばれる祝い花を25年間納入した北新宿の生花店「むつ美花店」の田崎一夫店長(55)は「生活の一部だった」と振り返った。

 1日平均10個を納入。ゲストによって数に差があり「東京プリンの時は100個を超えた」。普段はトラック1台の1往復で済むが「トラック2台で5往復。全部作るのに3日かかった」という。「あの時は良かった」と、多忙な日々も今となっては良い思い出だ。

 トラックの荷台に乗せたスタンド花を7階のアルタスタジオ裏まで運ぶ。エレベーターで出演者と乗り合わせることもよくあった。「旬の芸能人はほとんど見られた。眠そうにしていた香取慎吾くんが、僕の肩にもたれかかってきたこともあった」と懐かしんだ。

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