笑点メンバーが三遊亭円楽さん追悼 三遊亭好楽「先程会って来ました。いい顔してました。早すぎるよ」

[ 2022年9月30日 22:39 ]

笑点メンバーの林家木久扇、春風亭昇太、三遊亭好楽、(後列左から)林家三平、三遊亭円楽さん、三遊亭小遊三、林家たい平、山田隆夫(18年7月撮影)
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 落語家の六代目三遊亭円楽(さんゆうてい・えんらく、本名・會泰通=あい・やすみち)さんが死去したことを受け、日本テレビの長寿演芸番組「笑点」で共演していた落語家の林家木久扇(84)らが追悼のコメントを発表した。

 ▼林家木久扇 訃報に接し、突然なことなので悲しみというより・・・表現の仕様がありません。私のことを『おじさん』と格別に呼んでくれていたお付き合いでした。がっかりです・・・安らかにおやすみ下さい。

 ▼三遊亭好楽 先程会って来ました。いい顔してました。開口一番は「なんで俺より先に逝くんだ」でした。俺より四つも若いんだよ。早すぎるよ。笑点でも落語界全体でも本当にお世話になりました。博多落語祭り、札幌落語祭り等々、沢山の仕掛けをして動き回ってました。やっと休めるね。ご苦労さまでした。心よりお悔やみ申し上げます。

 ▼三遊亭小遊三 気丈な人だから必ず復帰してくれると信じてましたが…残念です。笑点の世話役で公私ともにお世話になりました。またゴルフ仲間でもあり、楽しい思い出がたくさんあります。まだちょっと信じられません。

 ▼司会を務める春風亭昇太 円楽師匠の訃報にふれ言葉もありません。倒れられてからも笑点の収録に遊びに来られていて、みんなで軽口を交わした時が最後になってしまいました。とても真っ直ぐな方で、博多天神落語まつり等、数々の落語イベントを企画されるなど、落語にも真剣に向き合う姿が忘れられません。先日も国立演芸場で復帰の高座を務めたばかりで、近いうちに楽屋でお会い出来るものと思っていただけに、とても残念です。

 ▼林家たい平 ラジオ収録途中に入ってきた、突然過ぎる訃報に全く受け止められないのが今の気持ちです。強い気持ちを持っている師匠でしたので、必ず戻って来てくださると信じていました。あまりにも早すぎます、あまりにも突然過ぎます。もっと色んな話しをしたかったですし、教えてもらいたかった。落語を愛し、笑点を愛し、本当に優しい師匠でした。私が笑点に入ってから常に隣に円楽師匠がいてくれました。どれだけ心強かったかわかりません。師匠が帰って来たら、あれもしたいこれもしたいとずっと思っていたことが、もう叶えられないんだと思うと寂し過ぎます。時に兄のような存在であり、落語の大先輩であり。たくさんの教えを受けました。まだまだやり残したことがたくさんあると思います。少しでも円楽師匠の想いを繋いで行けたらと思っています。大好きでした円楽っち!はやすぎますよ!もっと一緒にいたかったです。

 円楽さんは22年1月に脳梗塞を発症し、リハビリを重ねて8月に高座復帰を果たしたが、軽度の肺炎でダウン。そのまま容体が悪化し、帰らぬ人となった。

 所属事務所は「8月下旬の入院以降、肺炎は軽快し、肺がんの治療を再開した矢先のことでした。遺族、関係者一同、大変急なことで、今はまだ悲しみに向き合うこともできず、対応に追われております。葬儀は近親者のみで行わせていただき、後日、お別れの会を催す予定でございます。関係者のみなさまへは改めてご案内申し上げます」とした。

 8月11日の国立演芸場。円楽さんは高座復帰に涙を流し、20分ほどのマクラに続けて古典落語「猫の皿」を演じた。満員の客席から割れんばかりの拍手が起こり、円楽さんも感無量の表情を見せた。同30日には独演会も予定したが、26日に息苦しさを訴え、主治医による検査の結果、肺炎という診断。入院を余儀なくされて、やむなく独演会も中止せざるを得なくなった。

 晩年は病との闘いが続いた。2018年に肺がん、19年に脳腫瘍、20年には肺がんの再発と初期の大腸がんが見つかり、そして脳梗塞。「死ぬまでやります」と宣言して、体調回復に努めていた。家族にみとられて師匠の五代目や桂歌丸さんが先に住人となった天国に旅立った。

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