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「ボヘミアン」の葛城ユキさん逝く「今までありがとう」亡くなる直前に電話

[ 2022年6月28日 05:00 ]

2021年4月、NAONのYAONに出演した葛城ユキさん
Photo By スポニチ

 ハスキーな歌声とパワフルなシャウトで魅了し、「ボヘミアン」の大ヒットで知られる歌手の葛城ユキ(かつらぎ・ゆき、本名田中小夜子=たなか・さよこ)さんが27日午後2時16分、原発性腹膜がんのため都内の病院で死去した。73歳。岡山県出身。葬儀は近親者で行う。昨年5月に入院し、ステージ4のがんで2度の手術を乗り越えて今年5月にステージ復帰したばかりだった。

 関係者によると、実姉らにみとられ、葛城さんは静かに眠るように旅立った。

 昨年4月末にがんと診断され「何もしなければ余命1カ月」と宣告された。その直後に東京・日比谷野外大音楽堂で行われた「NAONのYAON」を入院前最後のステージとし、約1年1カ月の闘病生活を送った。抗がん剤治療でがんを小さくしてから患部の摘出手術を行ったが、先月17日のステージ復帰の時はすでに手の施しようのない状態。「生涯歌いたい」という本人の強い希望で実現した一幕だった。

 葛城さんと親しい「夢グループ」の石田重廣社長(63)は、亡くなる直前に葛城さんから連絡があったことを明かした。この日午前9時ごろに「社長さま、今までありがとう。体だけは気を付けてね」と電話があり、その後自身で病院に向かったとみられる。

 独り暮らしで「もう駄目だという時に社長さまに電話してから救急車を呼びたい」と言っていたという。「(自宅マンションで)孤独死すると、大家さんや住民に迷惑かけちゃう」と常に自身の体調を気に掛けていた。

 最後の仕事は今月17日に千葉県内で行われた夢グループ主催のコンサート「夢スター 春・秋」の昼夜2公演。昼は「どんなに苦しくてもいつか大輪の花が咲くことを信じて頑張ろう」という思いが詰まった名曲「ローズ」をベッドに横たわりながら、声を絞り出して歌唱した。出演予定のなかった夜にも登場。しかし歌える状況ではなく、「ボヘミアン」を出演者全員で合唱した。

 その後「元気になっちゃった」と30日の公演にも出演する意欲を示していたが、かなわなかった。石田氏は「最後の電話で私の体を気遣うなんて。数時間後に亡くなられたと聞いて驚きました。格好いい生きざまでした」としのんだ。

 女性ロックシンガーが珍しかった80年代。髪を振り乱しながらシャウトする姿は評判となり“和製ボニー・タイラー”などの異名をとった。03年にはテレビ番組の収録で胸椎骨折の重傷を負い、引退を覚悟した。しかし2度の手術を経て、翌年には背骨に30センチのチタンの支柱が2本入った状態で復活ライブを開催。後遺症の可能性がある中でも「歌いたい」。それが支えだった。

 先月の復帰の際も「早く2時間のワンマンライブをやれるようになりたい」と吐露。不屈のロック界の女王は熱いステージを最後まで見せた。

 葛城 ユキ(かつらぎ・ゆき、本名田中小夜子=たなか・さよこ)1949年(昭24)5月25日生まれ、岡山県出身。74年にメジャーデビュー。86年に日本人女性ロックシンガーとして初の中国公演を行い、3日間で3万人を動員。11年の東日本大震災後には宮城県石巻市を中心にボランティアライブを実施。13年まで取り組んだ。

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