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葛城ユキさん「中心じゃないと嫌」 入社1カ月で退社し音楽の道へ

[ 2022年6月28日 05:00 ]

葛城ユキさん死去

1983年、「ボヘミアン」が大ヒットした頃の葛城ユキさん
Photo By スポニチ

 葛城さんは岡山県の片山女子高校(現・倉敷翠松高校)時代、バレーボールのエースアタッカーとして、国体とインターハイにそれぞれ2回出場した。攻撃的で力感にあふれたロックシンガーとしての原点は高校時代にあった。愛称は「ドーブツ」。動物のように野性的だったからだ。子供の頃は学級委員で、いつもクラスの中心にいた。

 高校卒業後は地元の繊維メーカー「倉敷紡績(クラボウ)」に入社し、実業団に入団。しかし、セッターへの転向を言い渡されると「中心じゃないと嫌」と1カ月で退社。すぐに歌手を目指して家出同然で大阪に移住して音楽スクールに通い出し、73年にヤマハポピュラーソングコンテストに出場し各賞を受賞。74年のデビュー当初はニューミュージック歌手として活躍したが、80年にロックに転向した。

 私生活では83年に腹膜炎で入院した際、病院のカルテなどの名前が「葛城」でも本名の「田中」でもなかったため結婚が判明。しかしその時すでに別居生活の最中で、発覚後すぐに離婚。「これからの人生、みんな歌にささげるわ」と語っていた。

 酒好きでビールを好んだ。常に「女としてどう魅力的に映るか」を考え、ビートたけし(75)もその野性的な魅力に引きつけられたファンの一人。84年には東京・中野サンプラザでジョイント公演を開き話題となった。エネルギッシュな生き方が「ボヘミアン」の大ヒットを生んだ。

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