小田和正が胸に染みる

[ 2016年10月3日 09:29 ]

 【牧元一の孤人焦点】その手は柔らかく温かかった。小田和正と初めて握手した。9月27日、全国ツアーの一環として国立代々木競技場で行われたコンサート。終演後に各界の関係者や知人らが控室で小田にあいさつするのが恒例となっているが、今回初めて小田の手が私の方へと伸びてきたので握りかえした。

 握手の前、こんな会話をした。

 「きょうは静岡の時より声が出ていましたね!?」と緊張気味に話しかける私。ツアーの初日、4月30日の静岡エコパアリーナで聞いた時より声に艶があり、伸びやかだった。

 「そうかもしれないな」と小声で淡々と答える小田。この日のトークの中でも、持ち前の高い声を出すことに不安を感じていないことを明かしていた。

 「この調子なら、あと半年、ツアーを続けられるんじゃないですか!?」と尋ねる私。ツアーは10月30日に終わるが、この日の元気そうな様子を目にしたら、まだまだ続けてほしくなった。

 「迷惑がられるでしょ」と、すかさず切り返す小田。ツアー延長を誰かが迷惑がるとは思えないが、そんなふうに自虐的に語るところが小田らしい。

 今回のツアーはベストアルバム「あの日、あの時」の発売を機に始まった。アルバムにはオフコース時代の「僕の贈りもの」から新曲「風は止んだ」まで収録されており、40年以上にわたる全キャリアの主要曲を聞くことができる。ツアーのセットリストは最終日まで公表できないが、基本的にアルバムの趣旨に沿った構成になっている。

 オフコース時代にファンになった私としてはオフコースの曲を楽しみに会場に足を運んだ。ところが、である。実際にオープニングから曲を聴いていると、ソロになってからの曲、特に「さよならは 言わない」が胸に染みた。この曲は2008年の初めてのドームツアーに向けて作られ、11年に発売されたアルバム「どーも」に収められている。長い歴史の中では最近の曲で、自分でも意外だった。思い出深い曲の数々より、あまり思い出のない曲に心が動くなんて。

 「さよならは 言わない」は心温まるメロディーが素晴らしい。小田の心境が込められた歌詞が素晴らしい。♪晴れわたったこんな日はいつでも思い出す 飛ぶように駆けぬけた遠い日の僕らのことを--と小田が歌うと、私自身の若い頃の記憶が頭の中を一気に駆けめぐるようだった。私は小田より一回り以上年下だが、長く生きて来た小田の心境が分かるようになっていることは間違いない。今はオフコースの「Yes-No」の♪君を抱いていいの 好きになってもいいの--に実感がわかなくなっていることも確かだ。年齢によって、その時の状況によって、心が求める歌は変わって来るものなのだ。終演後の小田へのあいさつの時、この感想は時間の関係で伝えることができなかった。いつか話せる機会があればいいと思う。

 小田はこの日、観客に対し、今後についてこう語った。

 「みなさんに聞いてもらいたい曲ができたら、また歌いに来ます」

(専門委員)

 ◆牧 元一(まき・もとかず)編集局文化社会部。放送担当、AKB担当。プロレスと格闘技のファンで、アントニオ猪木信者。ビートルズで音楽に目覚め、オフコースでアコースティックギターにはまった。太宰治、村上春樹からの影響が強い。

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