桂春団治さん死去 四天王最後の1人 高座復帰に強い意欲も…

[ 2016年1月14日 05:31 ]

心不全で亡くなった3代目・桂春団治さん(2008年10月撮影)

 「上方落語四天王」最後の1人で落語家の3代目桂春団治(かつら・はるだんじ、本名河合一=かわい・はじめ)さんが心不全のため亡くなったことが13日、分かった。85歳だった。大阪市出身。

 春団治さんは11年4月に腸閉塞(へいそく)のため入院。13年5月から体調不良のため自宅療養を続けていた。同9月頃には入院先の病院で転倒し、肋骨を骨折。昨年10月、生誕85周年記念の一門会へ出席の意欲を見せたものの、体調不良のため当日の朝に連絡を入れて欠席した。

 滑稽噺(ばなし)を演じ、爆笑王として人気を博した父親の2代目桂春団治に47年に入門し、桂小春を名乗る。50年に2代目福団治、59年に3代目春団治を襲名した。父親とは正反対の繊細で華麗、淡々としながらもつややかな語り口で観客を魅了。「いかけや」「お玉牛」「代書」「野崎詣り」などを持ちネタとした。

 戦後衰退していた上方落語の復興に尽力し、四天王の1人として3代目桂米朝さん、6代目笑福亭松鶴さん、5代目桂文枝さん(いずれも故人)とともに腕を競った。若手の育成にも力を入れ、福団治や故2代目春蝶さん、小春団治らを育てた。

 最近では昨年3月に米朝さんの通夜祭を弔問。同6月21日には大阪市内で行われた3代目桂花団治の襲名披露公演にサプライズで登場。「正座ができなくなったため、2年ほど休養しているがまた落語をやりたい」と高座復帰への強い意欲を示していた。

 ◆桂 春団治(かつら・はるだんじ、本名河合一=かわい・はじめ)さん 1930年(昭5)3月25日生まれ。大阪市出身。浪商(現・大体大浪商)卒業後、自動車部品販売会社で働いていたが、47年に父親の2代目桂春団治に入門し、桂小春を名乗る。59年に3代目を襲名。77年に上方落語協会会長に就任。98年に紫綬褒章、04年に旭日小綬章を受章。06年には映画「そうかもしれない」に初出演した。

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