尾崎紀世彦さん死去…「また逢う日まで」でレコード大賞

[ 2012年6月2日 06:00 ]

71年に「また逢う日まで」で日本レコード大賞を受賞し熱唱する尾崎紀世彦さん

 ヒット曲「また逢う日まで」などで知られる歌手尾崎紀世彦(おざき・きよひこ)さんが5月31日午前0時5分、肝臓がんのため東京都港区の病院で死去した。69歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は近親者で済ませた。喪主は兄彰彦(あきひこ)氏。濃いヒゲと立派なモミアゲがトレードマークで、71年に同曲で日本レコード大賞を受賞。今年が芸能生活50年の節目の年だった。

 関係者によると、一昨年に尾崎さんは肝臓がんと胃がんが見つかり、昨年3月に手術を受けたが思うように回復しなかった。同7月には、CDのレコーディングの仕事があったが「声が出ない」という本人の意向で実現しなかった。

 また、同5月には前所属事務所との契約が終了。世田谷区内にある自宅も長らく留守にしていたようで、連絡がつかない状況に。今年4月には女性週刊誌がこの状況を“失踪”と報道。騒動に発展したものの、尾崎さんの実弟が報道を受けて「都内にいる。体の自由がちょっときかない」などと話していた。

 昨年秋、尾崎さんはステージの仕事を入れてくれていた営業会社を回って「体調が悪いので降りたい」と直接キャンセルする意向を伝えた。その時に「実は末期がんなんだ」と明かしていた。

 「照れ屋で優しく、デリケートなところもあって、決して社交的ではなかった」(知人)という尾崎さん。人間関係が嫌になって「突然消息を絶ったり、携帯電話を捨てちゃったりしたこともあった」ようだ。人気音楽番組に酒瓶を持って文句を言いに行った“武勇伝”もある。

 関係者によると、最近まで歌番組などの出演オファーがあったが、連絡が取れない状況にあったため「断らざるを得なかった」という。

 尾崎さんはコーラスグループ「ザ・ワンダース」を経て70年に「別れの夜明け」でソロデビュー。71年には「また逢う日まで」が約100万枚(オリコン調べ)の大ヒットとなり、その年の日本レコード大賞と日本歌謡大賞を受賞。作詞した阿久悠さん(享年70)、作曲を手掛けた筒美京平氏(72)にとっても日本レコード大賞初受賞曲となった。

 豊かな声量と野太い声で魅了し、NHK紅白歌合戦にも通算3度出場。野性味あふれる容姿とたくましいモミアゲも親しまれ、俳優として映画やテレビドラマにも出演した。

 ◆「また逢う日まで」がヒットした1971年(昭46) 22年間続いた1ドル=360円の固定相場が“ニクソン・ショック”で崩壊し、円が変動相場制に移行。3~5月、8人の女性が殺害された「大久保事件」が起きた。7月にはマクドナルド日本1号店が銀座にオープン、空前のボウリングブームが到来。テレビではNHKが全時間帯でカラー化を達成、TBS系「8時だヨ!全員集合」が50・4%の高視聴率をマーク。スポーツでは横綱・大鵬が引退、プロ野球オールスター戦で阪神の江夏豊投手が9連続奪三振の日本新記録を樹立した。流行語は「アンノン族」「脱サラ」など。

 ◆尾崎 紀世彦(おざき・きよひこ)本名同じ。1943年(昭18)1月1日、神奈川県茅ケ崎市生まれ。コーラスグループを経て70年に「別れの夜明け」でソロデビュー。「また逢う日まで」のほか、代表曲に「さよならをもう一度」「ゴッドファーザー~愛のテーマ」「サマーラブ」などがある。90年代には日本テレビの歌番組「THE夜もヒッパレ」などに出演し活躍。私生活では2度の離婚歴がある。

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