清志郎さん急逝1カ月(2)「必ず50キロ手前で自転車に」

[ 2009年6月2日 07:28 ]

2003年4月23日、舞台で自転車をこぐ忌野清志郎さん=日本武道館

 同誌の表紙に清志郎さんを登場させたり、コンサート会場では清志郎さんはじめRCサクセションのメンバー全員に自転車をこがせながら(もちろんローラー台に固定させて)演奏させたり…と、濃密な付き合いを続けていた2人。清志郎さんが東京―鹿児島間を自転車で走破する計画を他の情報誌で知った宮内さんは、同行取材の意向を律儀にも手紙で依頼した。2001年のことだ。当然のように快諾した清志郎さん。宮内さんは仕事の都合で広島県・尾道からの合流になったものの、以降松山(愛媛県)佐伯(大分県)宮崎(宮崎県)と3泊4日ツーリングを同走した。

 新潟県湯沢町で開催される国内最大級の野外フェス「FUJIロックフェスティバル」に出演する際は、群馬県みなかみ市の法師温泉を出発点に、三国峠を越えて湯沢に入る激坂ルートを共に走った。「でも清志郎は本当に速くて。登り坂がきつくなると、先に行ってくださいと言いました。彼の実力からすると、僕と一緒じゃつまらなかったのかな?」
 FUJIロックに限らず、地方都市でコンサートを開く時には、必ず開催地の50キロ手前で車から自転車に乗り換えて現地入りした。そのままリハーサルに入る。「普通でもリハだけで汗だくになるのに、その前に50キロ走るんですよ。すごい体力の持ち主ですよね」。アマの自転車乗りがあこがれる「ホノルル・センチュリーライド」(米国ハワイ)にも2度参加し、160キロを完走している。清志郎さんにとって自転車は、趣味の範囲を突きぬけていた。

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