陽水 忌野清志郎さんに“涙のレクイエム”

[ 2009年5月9日 06:00 ]

 井上陽水(60)が8日、府中市の府中の森芸術劇場で行われた全国ツアー東京公演で、2日に他界したロック歌手忌野清志郎さん(享年58)について触れ「無口でシャイで。若かった。残念です」と早すぎる死を悼んだ。2人は40年前の無名時代からの友人。共作した名曲「帰れない二人」を歌い、最後は感極まって声が出なかった。9日には清志郎さんの告別式が東京・青山葬儀所で営まれる。

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 「帰れない二人」を歌ったのは7曲目。40年前のデビュー当時、渋谷のライブ喫茶「青い森」で多くの歌手と出会った中「RCサクセションがいました。一番印象に残ってます。亡くなった忌野清志郎がいたバンドです」と紹介して歌った。
 2人の共同名義による作詞作曲。陽水は69年、清志郎さんは70年のデビュー。ライブハウスで互いの前座を務め、売れっ子だったバンド「モップス」の前座で歌うため一緒に夜汽車で全国を回った仲だった。ある日「僕のアパートに清志郎が来て。当時はケータイもファミリーレストランもない時代。カレーを僕が作って食べたのを思い出します」と振り返った。
 こたつに入って一緒にギターを弾きながら朝まで語り合う様子は「帰れない二人」そのまま。原曲はRCが10年後に発売した「指輪をはめたい」。陽水から「その歌詞じゃ売れない」と言われ、一緒に作り直したのがその夜。陽水のアルバム「氷の世界」に同じく共作の「まちぼうけ」とともに収録され、空前の大ヒットによる数百万円の印税で清志郎さんは苦しい時代をしのいだ。
 陽水は「40年、折に触れて会ったけどいつも無口で。ぶっきらぼうでシャイなんだけど結局やさしい人っているでしょ。彼なりのダンディズムだったのか、不器用というか」と人柄をしのびながらの歌唱。最後は感極まり、歌唱後しばらく客席に背を向けて涙が止まるのを待ったほど。観客からもすすり泣く声が漏れた。
 「どっちがどうやって一緒に作ったのか。昔のことなんで、清志郎の亡くなったいま、確かめるすべもない。まあ、彼も思い出せないでしょうけど」。2人だけの思い出ゆえの深い悲しみが、その言葉ににじんだ。

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2009年5月9日のニュース