“打撃の師匠”土井正博氏 西武入団時の清原和博は「ふぬけですよ」 傷心の18歳にかけた言葉とは

[ 2026年4月29日 16:46 ]

土井正博氏
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 18歳で近鉄の4番を務めるなど通算2452安打&465本塁打を放ち、名打撃コーチとしても知られる土井正博氏(82)が28日に放送されたBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。西武時代の教え子である清原和博氏(58)について語った。

 打撃コーチとして清原和博、鈴木健、和田一浩、松井稼頭央、中島裕之(現在は宏之)、平田良介らそうそうたるメンバーを育て、現役選手でも栗山巧、中村剛也(以上西武)、秋山翔吾(広島)、浅村栄斗(楽天)、高橋周平(中日)らの育成に関わった土井氏。

 甲子園の大スターとして鳴り物入りで西武にドラフト1位入団した当時18歳の清原はその目にどう映ったのか。

 打者としては「もう力ありました。PL(学園)から入ってきた時からね。(18歳の土井正博とは)雲泥の差ですよ。(高卒新人でいきなり本塁打)31本ですよ」と笑った名伯楽。

 だが、西武入団時のメンタルについては「だいぶ落ち込んでましたよね、巨人が指名しなかったということで。ふぬけですよ」と入団を熱望していた巨人が自分ではなく同級生の桑田真澄を1位指名し、会見で涙を流した一件を明らかにまだ引きずっていたという。

 「練習に力が入らないしね。(実質的なGMで管理部長だった)根本(陸夫)さんは“4番に育てぇ”いうし。(監督の)森(祇晶)さんは使わない。(一塁には)片平の晋ちゃん(片平晋作)がいましたからね。僕ら(コーチ)も分かるんですよね。森さんと同じで片平のほうが安全やから。片平でいこうかなっていう。ところが、根本さんは“清原で行け”っていう」

 根本さんからは清原のほうから質問してきた時だけ「答えてやってくれ」と厳命され、「お前から出しゃばっていくな」と言われていたといい、番組MCを務めるフリーアナウンサーの徳光和夫(85)は「はぁ…。そこまで指示したんですか…」と感慨深げ。

 土井氏は“球界の寝業師”の言い付けを守り、清原から聞いてくるまで技術指導することはなかったが、「ふぬけになっていたらいかん。もう桑田のことは忘れて(巨人を)野球で見返してやれ」と声をかけたという。

 「巨人軍に対抗していったらいいんじゃないか?って言ったの。桑田にも巨人にもね」

 土井氏の目から見て「ふぬけ」に見えた傷心の18歳・清原。落ち込む希代のスラッガーにそう言ってハッパをかけたのだ。

 これには徳光も「今の話を聞いていたら、あの涙が分かったね」としみじみ。西武が巨人と対戦した1987年日本シリーズ第6戦。当時プロ2年目だった清原が日本一目前となった9回2死の場面で一塁守備中に泣き出し、試合が中断した伝説のシーンについて触れた。

 「もの凄いね、純粋な男なんですよ」という土井氏に、大の巨人ファンである徳光も「そうなんですよね。僕もそれは存じ上げているつもりなんですよね」と同意。土井氏は「ちょっと肩張ってくるけど、話をすればね、凄い好青年ですよ」と目尻を下げて教え子を思いやっていた。

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