【馬淵史郎 我が道27】棚ボタを得るためすべきこと 苦労も努力もなしに得られることなんて人生にはない

[ 2026年3月28日 07:00 ]

選手への指示は分かりやすく、を心がける
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 よく聞かれる質問がある。「高校野球の監督として、それだけ勝利にこだわるのはなぜなのか」。確かに勝つことにはこだわってきた。戦う前に負けてもいいと思うなら、監督失格だと今も思っている。ただ、それはいわゆる「勝利至上主義」とは違う。勝てば、それでいい。勝つことだけが目的。それは自分が目指す高校野球とは違う。

 高校野球の基本は教育の場。そこは変えてはいけない部分だ。だからこそ、明徳義塾の監督をしながら、教壇にも立ってきた。高校野球の目標は甲子園で日本一を達成することだが、目的は人間づくりに他ならない。毎日毎日、暑い日も寒い日も、厳しい練習を行うのは、子供たちの将来にこれが必ず生きると信じているからだ。

 高校野球の監督にとっての最大の勝利とは何か。3年間、厳しい練習を続けてきた子供たちが、人生の壁にぶち当たった時に「あの夏に苦しい練習をしてきたんだ。このくらい何だ」と乗り越える力を奮い立たせてくれることだ。強い相手、高い壁を前に「負けてもいいや。仕方ない」と諦めてほしくない。だからこそ、甲子園に向けて頑張ったことを、何物にも代え難い人生の経験にするために、苦しい日々の練習があるのだ。

 明徳義塾の野球部は全寮制。「脱出するにはヒッチハイクするしかない」と言われる山奥で子供たちは3年間を過ごす。携帯は禁止だし、近くにはコンビニもない。厳しい環境だ。だからこそ、指導者として大事にしているのは、立派な子供にしてほしい、と教育を明徳義塾に任せる決断をした親の気持ちを決して忘れることなく、向き合うことだ。

 毎朝6時半に起床、点呼、朝礼から一日が始まる。憂うつな朝を迎えていないか、悩みを抱えていないか。朝一番の表情に表れる変化を感じ取るために、監督も朝から見守る。87年(昭62)にコーチとして明徳義塾に来てから、これは欠かすことがない日課だ。入部当初を除いては、練習用ユニホームに名前を大書することもない。顔と名前、動きの特徴、そして性格。100人を超える野球部員の全てを監督もコーチも頭に叩き込んでいる。

 子供たちによくするのは「棚からボタ餅」の話だ。「棚ボタ」は苦労せずに、思いがけない幸運に恵まれるという例えにされることが多い。でも苦労も努力もなしに「棚ボタ」を得られることなんて、人生にはない。

 「棚からボタ餅」を手にするためには、いつ落ちてくるか分からないボタ餅を手にするために、棚に一番近いところにいないといけない。常に近いところにいる。それが努力であり、準備だ。「そんなん落ちてこないだろ」と後ろで腕組みしているだけの人間には「棚ボタ」は巡ってこない。前に出ようとする子供たちの努力を指導者もしっかり見なくちゃいけない。

 ◇馬淵 史郎(まぶち・しろう)1955年(昭30)11月28日生まれ、愛媛県八幡浜市出身の70歳。三瓶高―拓大。83年に社会人の阿部企業で監督に就任、86年に都市対抗初出場、日本選手権で準優勝。90年から明徳義塾の監督に就任、02年夏の甲子園で優勝。監督として甲子園通算39回出場(春17回、夏22回)は歴代1位。甲子園55勝は歴代4位。23年には日本代表監督としてU―18W杯優勝を果たした。

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