【平野謙 我が道10】「それくらいで代わってどうするんや!」仙さんのカツで芽生えた自覚

[ 2025年10月10日 07:00 ]

右膝に自転車のチューブを巻いた状態でプロ初本塁打

 プロ入り4年目にして初めて1軍で迎えた1981年(昭56)4月4日の開幕、巨人戦(後楽園)でいきなり出番をもらった。0―3で迎えた8回、中前打で出塁した代打・豊田誠佑の代走。四球、一ゴロで三塁に進み、宇野勝の遊ゴロ失で初得点を記録した。

 初打席は代走から入ってライトの守備に就いた同10日の広島戦(ナゴヤ球場)だった。12―1と大量リードした6回無死二、三塁。投手は川口和久。ライトへフワッと上がった打球が三塁打になった。初安打に初打点がついた。

 しばらくは代走、外野守備の出場が続き、初スタメンは6月16日大洋(現DeNA)戦(横浜)。2番センター。2安打したが、勝利には結びつかなかった。

 この年は110試合に出場して121打席。スタメンも20試合あったが、もっぱら代走、守備要員だった。110打数26安打、打率・236、8盗塁、7犠打、0本塁打で1軍1年目のシーズンを終えた。

 翌82年は雨で1日遅れとなった4月4日の開幕、広島戦(広島)に2番センターで先発出場した。レギュラー候補の豊田がオープン戦で死球を受けて右手首を骨折。開幕スタメンが転がり込んだのだ。

 初回の第1打席。北別府学のスライダーを打ちにいったら、自打球が右膝を直撃し、激痛が走った。何とか耐えて打席に戻り三振。いったん守りに就いたが、痛みが治まらない。チェンジでベンチへ戻り、「代えてください」と直訴した。

 ベンチ裏の通路でアイシングをしていたら、この年が現役最終年となる星野仙一さんが険しい表情でやってきた。

 「せっかくスタメンで出してもらっとるのに、それくらいで代わってどうするんや!」

 うるせえな。なんでこの人に怒られなきゃいけないんだ。むかついた。でも、よく考えてみれば、仙さんの言う通りだ。またとないチャンス。痛がってる場合じゃなかった。

 翌5日は移動日なしで名古屋へ戻っての阪神戦。自転車のチューブを右膝に巻いて「普通にいけます」とコーチに話し、スタメンに入れてもらった。

 第1打席は遊ゴロに終わったが、第2打席は中前打。第3打席は三塁前へセーフティーバントを決め、3―6の7回1死一、二塁で迎えた第4打席だった。宇田東植さんの下手から浮き上がってくる球を叩くと、ライトへライナーが飛んだ。

 全力で走っていたら、打球はオーバーフェンス。同点3ランだ。一塁を回ったところでスピードを緩めた。左打席でまさかのプロ初ホームラン。第5打席も右前打を放ち、5打数4安打3打点の大当たりだった。

 少々のケガは隠して試合に出る。仙さんのおかげでプロとしての自覚が芽生えた。

 ◇平野 謙(ひらの・けん)1955年(昭30)6月20日生まれ、名古屋市出身の70歳。名古屋商大から77年ドラフト外で中日入団。88年に西武、94年にロッテ移籍。右投げ両打ち。俊足強肩の外野手として活躍する。ゴールデングラブ賞9回。盗塁王1回。歴代2位の通算451犠打。引退後はロッテ、日本ハム、中日、社会人、独立リーグなどで指導を続ける。現在はクラブチーム、山岸ロジスターズ監督。

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