引退のドジャース・カーショー 本質は義理堅く、誇り高き「侍」

[ 2025年9月20日 01:30 ]

長男・チャーリー君(左)と笑顔で話すドジャース・カーショー(撮影・小海途 良幹)
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 【奥田秀樹通信員が語るカーショーという男】ドジャース・カーショーはテキサス州出身で、本来なら「カウボーイ」と形容されるのだろう。しかし18年間その姿を見続けてきた記者の目には、むしろ「侍」として映る。義理堅さ、誇り高さ、武骨で不器用ながら誠実な態度、一度結んだ信頼を決して裏切らない姿勢――。それが彼の本質だからだ。

 2008年、フロリダ州ベロビーチのキャンプで黒田博樹と並んで投げた20歳のカーショーは、まだ無名の有望株にすぎなかった。だが黒田、そして後にダルビッシュ有と同じユニホームに袖を通した経験が、その侍気質を鮮明にしていった。黒田との関係は象徴的だ。年齢がひと回り以上離れていたにもかかわらず、毎日キャッチボールを重ね、互いに尊敬を深めた。2011年終盤、黒田がFAを控えた際には、シーズンを終えていたにもかかわらず「最後かもしれないから」とキャッチボールに付き合った。さらに2017年、黒田が引退の報告にドジャースタジアムを訪れた際には、登板翌日で肩が張っていたにもかかわらず「キャッチボールをしよう」と誘い、グラブに「You will always be my favorite catch partner(ずっと変わらず、君は僕にとって一番のキャッチボールパートナーだ)」と刻んで贈った。米国流のドライさとは無縁の、義理と情に厚い振る舞いである。

 2017年に加入したダルビッシュに対しても同じだった。オールスターでの冗談が現実となり、ド軍がトレードで獲得。シーズン後はダラスで週5日キャッチボールを重ねるほどの関係となり、カーショーは再契約を強く望んだ。最終的にダルビッシュはカブスを選んだが、移籍を家族以外で最初に伝えたのはカーショーだった。カーショーは「できればア・リーグに行ってほしかったが、これで倒すしかなくなった」と語り、義理を重んじるがゆえに別れを正面から受け止めた。

 カーショーはメディアや首脳陣にとって「やりやすい」選手ではなかった。気難しく扱いにくいと評されることも少なくなかった。しかしそれもまた、武骨な誇り高さの表れであった。2008年に若き有望株として見たあの日から2025年の引退会見まで、カーショーは侍の気質を研ぎ澄まし、大投手となった。拳銃よりも日本刀のほうが似合う投手――。それが記者にとってのクレイトン・カーショーである。

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