誰にでも日本代表のチャンスある…絶望のベンチ外から「バルカンチェンジ」で起死回生の健大高崎・下重賢慎

[ 2025年9月14日 11:47 ]

U18W杯スーパーラウンド   日本9―1台湾 ( 2025年9月13日    沖縄セルラー )

<日本・台湾>スタンドから誕生日を祝福され、笑顔の下重(撮影・松永 柊斗)
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 スーパーラウンド(R)最終戦を迎え、既に決勝進出を決めていた高校日本代表は13日、台湾に9―1で大勝し、きょう14日の米国との最終決戦へ弾みをつけた。先発した最速145キロ左腕・下重賢慎投手(3年=健大高崎)は3回2安打無失点2三振。米国との決勝で連投が可能な範囲内の32球で降板した。この日迎えた18歳の誕生日を自ら祝う好投だった。

 「全勝で決勝に行くということで大事な試合だった。とにかく勝つことができてよかった。18歳として最高のスタートが切れたと思います。(試合後にはスタンドから祝福され)自分の人生でもこれから先あるか、ないか…。祝ってもらえたことに感謝したい」

 野球大国の日本でたった20人しか選ばれない高校日本代表。下重は2試合に先発し、計7回を無失点と完璧な仕事を遂行した。「自分がここまで成長できるとは思っていなかった」と語るほど驚きの成長曲線だった。

 2人のライバルの背中を追った先に日の丸のユニホームがあった。健大高崎は昨春の選抜で初の甲子園優勝を果たした。決勝までの全試合を佐藤龍月、石垣元気で形成した「スーパー2年生コンビ」で投げきった。同学年投手の活躍を下重は甲子園のアルプスで応援するしかなかった。甲子園中に宿泊するホテルでは不注意で備品を壊してしまった。栄光の道を歩む佐藤、石垣と、情けない自分の姿。あまりに背中が遠く思えた。「日本代表」なんて口が裂けてもいえる状況ではなかった。

 一時期は剛速球を投げる石垣に憧れた。遠投のようなフォームで150キロを目指してみたが、試合では全くストライクが入らず、球速も大して出なかった。絶望感が感情を支配する中で「自分の良さを出そう」と原点回帰。武器にしていた制球力と覚えようと思えば何でもマスターできる変化球で勝負しようと決めた。

 同年夏には10者連続三振の群馬大会新記録を樹立するなど急成長を遂げた。石垣や佐藤も投げられない特殊球の「バルカンチェンジ」が面白いように決まった。人気SFドラマ「宇宙大作戦(スター・トレック)」に登場するバルカン人・スポックが、中指と薬指を開いて行うあいさつ「バルカン・サリュート」が由来。2本指でボールを挟み、中指ではじくことで左打者方向へ鋭く曲がって落ちる。唯一無二の決め球を武器に今夏まで3大会連続で甲子園の先発マウンドに立った。

 それでも日本代表になれるなんて思ってなかった。今夏は調子が上がらず、群馬大会決勝、初戦敗退の甲子園と連続で打ち込まれた。それでも高校日本代表を率いる小倉全由監督が「低めに決まる変化球が良い」とバルカンチェンジに惚れ込み、招集した。代表入りを知らせる電話が鳴った時、下重は故郷北海道で焼肉を楽しんでいたほどに本人も予想外の日本代表だった。

 「自分の力でここまで来られていない。いろいろな人に支えられてここまで来られた」

 次のステージは全国から逸材が集う大学野球リーグ。数多くのドラ1選手を輩出してきた名門での4年間で、もっとビッグな選手になる。その前にまずはきょう14日の米国との決勝で「連投待機」だ。絶望のベンチ外から高校侍まで駆け上がった下重が高校野球のフィナーレを迎える。(アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)

 ◇下重 賢慎(しもしげ・けんしん)2007年(平19)9月13日生まれ、北海道釧路市出身の18歳。美原小3年から美原ベースボールクラブで野球を始め、美原中では釧路シニアに所属。健大高崎では昨夏に甲子園デビュー。50メートル走6秒3、遠投100メートル。好きな言葉は「恩返し」。1メートル82、87キロ。左投げ左打ち。

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