元阪神・横田さん死去 「絶対に忘れない」番記者が最後に交わした言葉

[ 2023年7月19日 07:00 ]

元阪神・横田慎太郎さん
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 阪神で14年から6年間プレーし19年に現役引退した横田慎太郎(よこた・しんたろう)さんが18日、死去した。28歳。鹿児島県出身。現役引退の原因にもなった脳腫瘍が昨年に再々発。治療を終えて今春から療養に入っていた。現役時代は持ち前の全力プレーでファンの心を揺さぶり、引退試合では「奇跡のバックホーム」で感動を呼んだ。近年は自身の経験を伝える講演活動などで活躍。新人時代から取材し、セカンドキャリアも追ってきた本紙阪神担当の遠藤礼記者が故人を悼んだ。

 5月下旬、ご家族の計らいで横田さんと面会することができた。両目は失明し、会話もできない。ただ、母・まなみさんから事前に「耳は聞こえているので、どうぞ慎太郎に話しかけてあげてください」と言われていた。

 前日からずっと考えた。どんな言葉をかけたらいいのか。脳腫瘍で闘病していた時も自分は何もできなかった。一晩考えても答えは出なかったが当日、耳元で「ヨコ、ありがとうな」と何度も伝えた。それだけは絶対に言わなければいけないと思った。すると、閉じていた両目がゆっくり開いた。次の瞬間、小さく「ありがとうございます」と返ってきた。気付けば、横田の目からは涙がこぼれていた。「ありがとう」に「ありがとう」。最後に交わした会話を、私は絶対に忘れない。

 9年前。元プロ野球選手だった父・真之さん愛用のバットケース1つを担いで故郷・鹿児島からプロの世界に飛び込んできた。私からは10歳も下。これといったきっかけもなく取材するようになり、横田も本音で話してくれるようになった。「自分はまだまだなんで。練習してきます!」。取材終わりには必ずそう言って鳴尾浜の室内練習場に消えていく。野球を愛し、野球でしか夢を見ることのできない根っからの“野球少年”だった。きっかけはないと書いたが、その筋骨隆々の体格、秘めたる能力、何よりユニホームを泥だらけにして地道に鍛錬を積む姿を目の当たりにすれば、追いかけたくなるのも当然だった。

 まだ20歳だった高卒3年目の16年。高山との1、2番コンビで開幕スタメンに名を連ねた。早朝4時からの自室での素振り、ウエートトレーニング…。挙げればきりがない。小さな努力の積み重ねで想像もしない場所にたどり着けることを証明し、京セラドームの記者席で胸が熱くなったのを覚えている。その年のオフ、鹿児島に帰省する前夜に焼き肉に誘うと「遠藤さん、もう3人前追加いいですか?」と瞬く間にタン塩10人前を平らげた。「来年は1年間、1軍でプレーできるように頑張ります」。脳腫瘍が発覚したのはその誓いから2カ月後だった。

 引退試合となった19年9月26日のウエスタン・リーグ、ソフトバンク戦。8回2死から慣れ親しんだセンターの守備に就くと、踏みしめた外野の芝生は黄金に輝いて見えた。「芝生がキラキラ光って見えたんです」。確かに不思議な力が働いたかもしれないがあのバックホームを、本当は「奇跡」と表現してはいけない気がする。視力に不安がある中、いつか来る一瞬を想定し外野で飛球を追ってきた努力が生んだ金色のバックホームだった。

 亡くなる前日、最後に手を握らせてもらった。腕や足は随分と細くなっていたが、数え切れないほどバットを振り込んできたその手だけは大きいままだった。やっぱり「ありがとう」しか言えなかった。記者として最高の景色を見せてもらい、年下ながら教えてもらうことの方が多かった。諦めないこと、目標を持つこと、信じること、そして、よく食べること――。横田慎太郎に出会えて本当に良かった。天国でもその大きな手でバットを握り、フルスイングしている姿が目に浮かぶ。 (遠藤 礼)

 ▽奇跡のバックホーム 19年9月26日、引退試合となったウエスタン・リーグのソフトバンク戦(鳴尾浜)。当初は9回の1イニング限定で守備に就く予定だったが、8回2死二塁の場面で平田2軍監督(現ヘッドコーチ)から声がかかり、中堅へ。その直後、塚田の中前打を捕球すると本塁へノーバウンドで送球して二塁走者を刺した。後遺症の影響で視力が低下していたことから「全くきれいには見えなかったんですけど、グラブに入ってくれた」と話し「練習でも投げたことがない球が投げられて、今まで諦めずにやってきて本当に良かった。(現役での)ベストプレーです」と振り返った。

 ◆横田 慎太郎(よこた・しんたろう)1995年(平7)6月9日生まれ、鹿児島県出身。鹿児島実から13年ドラフト2位で阪神入り。3年目の16年開幕戦に「2番・中堅」で1軍初出場。17年2月に脳腫瘍が判明、同年オフに育成選手となり19年限りで引退。1軍通算38試合で打率.190、本塁打なし、4打点、4盗塁。現役時は1メートル87、94キロ。左投げ左打ち。

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