【内田雅也の追球】糸井の「冷静」と糸原の「闘志」 阪神に見えた優勝に向かう心

[ 2021年9月11日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神4ー1広島 ( 2021年9月10日    マツダ )

<広・神(17)>6回1死一、二塁、梅野の三塁内野安打で糸原は三塁セーフとなる (撮影・奥 調)
Photo By スポニチ

 何も野村克也やドン・ブレイザーの「シンキング・ベースボール」を持ち出すまでもなく、野球は頭を使う、考えるスポーツである。

 米コラムニスト、ロジャー・エンジェルが『憧れの大リーガーたち』(集英社文庫)で書いている。<野球はきちんとコントロールされた環境の中で行われる、途切れることのないプレーで成り立っている。だから、常に考えてプレーしなければならず、したがって考え深い内省的な選手が沢山いる>。

 そんな考えが目に見える時がある。この夜の阪神・糸井嘉男の打撃である。1回表、二塁打とバントで迎えた1死三塁。相手広島内野陣は二塁手が深く、遊撃手が前進バックホーム態勢だった。守備隊形を見た糸井は1ボール1ストライクから外角低めフォークに、手首を立て、つまりバットのヘッドを立てて、引っ張って転がしにいった。狙い通りの二ゴロで三塁走者が生還した。

 チーム10試合ぶりの先取点だった。追いかける苦しい展開が9試合続いていた。ベテランはチーム状況を踏まえ、スタメン3番打者で起用されながら強引にならず、軽打したのだった。フォア・ザ・チームの考えがにじみ出た打撃姿勢だったと感じ入った。

 ただし、考えが必ず結果に結びつくとは限らない。エンジェルは先の文章に続けて書いている。<それだけ考え抜いていても、毎日の試合ごとに予期しないことが起こる。それほど厳しい環境が野球なのだ。何とも魅力的ではないか>。

 時には、思慮深い考え以上に、熱い心が必要な時がある。

 この夜、勝負の分水嶺(れい)となったのは6回表裏のリプレー検証だった。表の攻撃で1死一、二塁から三塁封殺がアウトからセーフとなった。裏の守りで無死一、二塁での4―6―3一塁セーフがアウトで併殺となった。ともに阪神のリクエスト成功である。

 走・守で絡んだのが糸原健斗である。三塁セーフとなった二塁走者としての懸命な走塁。打球はライナーで三塁手を強襲して転がり、遊撃手が拾って三塁にトスした。スタートを切るのが難しい走塁だったが、一瞬の判断と遮二無二入り滑った走塁が生きた。一、二塁間寄りのゴロを二塁送球した守備は素早い反転だった。こんな間一髪のプレーに「考え」が入る余地などない。

 彼は試合終盤では守備固めや代走を出される選手だが、その闘志は見ている者に伝わる。

 「ウォーム・ハート、バット、クール・ヘッド」(心は熱く。だが、頭は冷静に)という近代経済学の父、アルフレッド・マーシャルの言葉は野球にも通じている。

 阪神は悲願の優勝に向けて、チームの士気も高まってきている。そんなチーム全体の心を象徴していたのが、糸原の闘志であり、糸井の冷静ではなかったろうか。心が見えた勝利だったと書いておきたい。 =敬称略= (編集委員)

続きを表示

2021年9月11日のニュース