大島康徳さん死去 ネットに広がる感謝の声 病と闘う姿に「何度も励まされた」「背番号11を忘れない」

[ 2021年7月5日 12:50 ]

元プロ野球選手の大島康徳氏
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 現役時代に中日、日本ハムでプレーし、日本ハム監督も務めた野球評論家の大島康徳(おおしま・やすのり)さんが6月30日に死去した。70歳。大分県中津市出身。

 悲しみの一報に、インターネット上では「ここまで頑張って闘病されてたんだけどな、悲しい」「優しい人柄で慕われていた印象です。ご冥福をお祈りします」「ほんとに悲しい」「余命1年から4年以上スゴい人やわ」「最後まで病と闘い、お疲れさまでした。背番号11を忘れない」「日ハムのレジェンドだけに、本当に寂しい」「余命宣告されても前向きに頑張る姿に何度も励まされました」「病魔に立ち向かう姿は凄まじい物がありました。どうか安らかにお休み下さい」など追悼の声があふれた。

 大島さんは中津工3年生だった1968年に中日の入団テストを受け、同年ドラフト3位で中日入り。当初は投手だったが、水原茂監督に素質を見込まれて打者へ転向し、入団3年目から1軍出場機会が増えると、83年には36本塁打を放って山本浩二(広島)とともに本塁打王のタイトルを獲得した。87年オフにトレードで日本ハムへ移籍。94年に43歳で現役を引退するまで通算24年で2638試合に出場し、2204安打、382本塁打、1234打点。通算打率は・272だった。

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2021年7月5日のニュース