阪神ドラ2井上、中学時代の猛練習実り憧れの履正社に入学

[ 2019年12月4日 08:30 ]

虎ルーキーの素顔に迫る 最高峰の舞台にトライ ドラフト2位・井上広大(2)

東大阪リトルシニア時代の井上
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 大東市立南郷中学校に進学した井上広大は、小学時代の1学年先輩でライバルだった谷本英駿さん(19)が先に所属していた硬式野球「東大阪リトルシニア」に入団。2年秋からチーム全員で取り組んだ(1)毎日の昼食に白飯3合、(2)1000スイング…してからの練習スタートなどでさらにパワーアップしていった。そして高校進学時に、大きな決断をする。

 多くの強豪校から勧誘されていた。甲子園優勝経験もあるその中の1校に一度は決まりかけたが、「話がなくてもぎりぎりまで待ちます」と第1志望の履正社進学をあきらめなかった。小学3年だった2010年夏、甲子園3回戦の聖光学院戦で放った履正社・山田哲人(ヤクルト)の左越えホームランが頭から離れなかったからだ。東大阪リトルシニアの会長が、履正社・岡田龍生監督に相談して願いはかなった。「お前が行って履正社を初優勝させてこい」という会長の言葉に背中を押され、憧れの「RISEI」のユニホームに袖を通した。

 しかし、入学当初はレベルの高さにあ然とした。当時の3年には安田尚憲(ロッテ)がいたが、特にその打撃には圧倒されたという。「自分の引っ張った打球と、安田さんが逆方向に打った打球の飛距離が同じでした。力の差を感じたと言うよりは全く届かない所にいる選手。そういう選手がプロに行くんだと痛感させられました」。ショックを受けたものの落ちこむのではなく、より厳しい練習を課していくことができた。

 打力を買われて、1年秋から外野手のレギュラーを奪取。しかし目標の甲子園出場は険しかった。2年夏は北大阪大会準決勝で根尾(中日)、藤原(ロッテ)らを擁する大阪桐蔭に9回2死からまさかの逆転負け。リベンジへの思いを胸に秋からの新チームでは4番を任され、秋季大会で大阪桐蔭へのリベンジを果たしたが、11月には右膝蓋腱(しつがいけん)の手術を受け約1カ月間離脱するなど苦難の時期が続いた。だが、この時期が長距離砲としての礎を築くきっかけとなる。

 「復帰してから動きにキレが出るように」という狙いでベンチプレスやダンベル上げなどで上半身を徹底的に鍛え抜いた。ベンチプレスは最終的に110キロを持ち上げるようになり、体重は入学当初の83キロから97キロまで増量。「復帰してからは打球の飛びが全く違ったので自分でもびっくりした」ほどのパワーアップを果たして戦線復帰を果たした。

 自慢の長打力を発揮して甲子園の舞台でホームランを放つ――。3年春、満を持して聖地のグラウンドに降り立ったが、立ちはだかったのはまたも高すぎる壁だった。(阪井 日向)

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