最後の「三洋電機」も…有終の美飾れず

[ 2011年2月28日 06:00 ]

<日本選手権決勝 三洋電機・サントリー>準優勝杯を手にする三洋・ホラニ。右は霜村主将

ラグビー日本選手権決勝 三洋電機20―37サントリー

(2月27日 秩父宮)
 「三洋電機」として戦った最後の公式戦を飾れず、飯島監督は「チームが来季、どういう形になるか分からないが、この悔しさをエネルギーにしたい」と振り返った。

 自慢の防御が機能しなかった。座骨神経痛で欠場したSOブラウンの穴も突かれ、前半で3トライを許した。霜村主将は「守りで後手に回ってしまった。サントリーは強かった」と潔かった。

 「最後の三洋」と闘ったシーズンだった。昨年7月29日にパナソニックの完全子会社化を発表。「東京三洋」として創部して51年、数々の名勝負を生んだ「三洋」の名で戦う最後のシーズンとなった。「僕らは名前を変えることはできない。やれることをやる」と臨んだチームに、日本選手権4連覇は最高の花道だったが、届かなかった。

 06年度の東芝に続くトップリーグとの2冠も逃し、「三洋」の歴史は幕を閉じた。だが、チーム自体が消滅するわけではない。「笑顔で、胸を張ってまた頑張りたい」と霜村主将。チーム名が変わっても、三洋が築いた歴史が色あせるわけではない。

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2011年2月28日のニュース