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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】神秘な酒場に心酔

[ 2015年12月11日 05:30 ]

信濃路の上にある元三島神社
Photo By スポニチ

 師走の午後、日の高いうちに街へ繰り出した“センベロライター”さくらいよしえが向かったのは東京・鶯谷の「信濃路 鶯谷店」。聖俗併せ持つ一角で昭和50年代から営業を続けている24時間営業のウルトラ居酒屋に集う客はいろいろ。シェフはまるで個性派俳優。人生の交差点で一杯。

 「俺、今忙しいのよ。人手が足んないんだから!」と、くるくる店を駆け回るナカムラシェフが今夜の主演男優だ。

 ここ鶯谷の「信濃路」は、上野界隈(かいわい)で用があると巡礼せずにはいられぬ酒場。泥酔した帰りの駅で、見知らぬ中国人女子ともども職質された思い出も、ある。

 なんたって24時間営業年中無休。日本一客が長っ尻と評判の理由は、品数がべらぼうに多く、安い。刺し身にフライ、定食に麺まで100種類超。よってシェフは常時テンション爆発寸前となるわけだが、「俺は洋食屋で働いてたから酔っぱらいの気持ちが分かんないヨ。それに俺の島じゃ朝から飲むヤツなんか相手にされないよ」

 堅気なシェフは九州の離島から上京、老舗「松本楼」の支店でも腕を磨いた。息抜きは映画観賞(高倉健ファン)。酒は飲まぬが、打つ・買うには造詣は深いとか深くないとか…(案外多趣味か)。

 そんな彼が働き始めて4年、人知れずエレガントなメニューも誕生していた。「オムレツ作りが好きなんだけど、ピーンと膜を張らすのが難しいんだ。奥が深いよ」。それに酢豚。肉の揚げ具合、酢の加減は専門店の味わい。うまし!

 こんな逸品がラブなネオンが輝く町の大衆酒場に降臨してたとは。

 気づけばもう2時間超え。絶妙な泡のフタを作った中生(ビール)を運ぶ中国人姉さんに、その昔、職質された同志を重ね、心でエールを送った。

 ああ人類皆兄弟とほろ酔うのは、当方だけにあらず、隣のサラリーマン組がフレンドリーに話しかけてきた。彼らは、エレベーターを作るエンジニアだった。「例えば、100階建てでもコインをタテに置いて倒れない(揺れない)、それが僕らの品質です」…下町ロケットか!

 ものづくりに入魂する職人とのせんべろ邂逅(かいこう)にしびれた。

 その一方、この土地ならではのホットな景色もわしを楽しませてくれる。わけあり風の男女がカウンターで酒に酔ううち、視線を絡ませ腕を絡ませそして…。

 「俺、勘違いおやじには注意するよ。“うちでキスなんかすんじゃないヨ、そこにホテルあるだろ!”って。すると客も“表出ろ!”って怒るんだ」「そんな時シェフは?」「すぐ出る。で、すぐ謝る」

 わははは。実に平和。「上が神社だから。守り神がいるよ」。間もなく新年。信濃路が煩悩と祈りの“参道”になる。(さくらい よしえ)

 ◇信濃路 鶯谷店 JR山手線鶯谷駅北口駅前。神社の“1階”で、ラブホテル街に隣接。聖俗併せ持つ一角で24時間営業。朝飲み、昼飲み、ランチ時には定食や麺類を注文する客でいっぱいに。1日24時間の中でいろいろな顔を見せる店のメニューは100種類以上。中村文男シェフらが切り盛り。1人飲み用のカウンター、テーブル、座敷で席数は60席。芥川賞作家の西村賢太氏、浅草キッドらこの店をひいきにする著名人も。ほかに蒲田、大森、平和島店がある。東京都台東区根岸1の7の4、元三島神社1F。(電)03(3875)7456。24時間営業。年末31日から新年3日までは午前7時から深夜0時まで営業。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)、「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

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