リンゴ・スター 「チェンジ・ザ・ワールド」 再評価に最適な新作

[ 2021年10月2日 08:20 ]

リンゴ・スターのアルバム「チェンジ・ザ・ワールド」のジャケット
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 【牧 元一の孤人焦点】ジョン・レノンは生前、雑誌のインタビューにこんな言葉を残している。「リンゴは素晴らしいドラマーだ。テクニックが優れているわけではないが、ポールのギターのテクニックが過小評価されているように、リンゴも過小評価されている」。ジョンは元来、仲間に対しても平気で辛口な評価をする人で、自らのソロアルバム「ジョンの魂」でもリンゴにドラムを任せていたことから、お世辞ではなく、本心からそう思っていたに違いない。

 今、ザ・ビートルズの曲を聴き直してみると、リンゴのドラムの良さが分かる。例えば、「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」。前半、ジョンが歌うと、その歌に応じるようにリンゴのドラムが入ってくる。過剰ではなく、物足りなくもなく、しっくりとくる音色。まるでジョンの歌とリンゴのドラムが会話しているかのようだ。かつてレッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムの演奏を「リード・ドラム」と称した人もいたが、リンゴは「ハーモニー・ドラム」と言えるかもしれない。ビートルズのプロデューサーだったジョージ・マーティンさんはリンゴに関して「素晴らしく安定したビートを持ち、音楽に適した音を出すすべを知っている」と評していた。

 9月に発売された4曲入りアルバム「チェンジ・ザ・ワールド」のドラムは、小気味よい。自身の作品ゆえに、思いのままに、伸び伸びと演奏している様子がうかがえる。特に、4曲目「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が素晴らしい。この曲は、1950年代のヒット曲のカバー。知る人ぞ知るメロディーに合わせ、リンゴは力強く情緒的でありながら、乱れることなく的確にたたき続ける。聴いていると、踊りが苦手ながらも踊り出したい心持ちになる。これをライブで披露したら、さぞかし客席は盛り上がることだろう。

 もうひとつ、強く感じるのは、ボーカルの存在感だ。声に張りがある。味もあるが、決して枯れていない。現在、81歳であることを考えると、その若々しさに驚く。「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が素晴らしいのは、ドラムの良さもさることながら、ボーカルの力強さによるところが大きい。

 これまでリンゴの歌を数多く聴いてきた。「ボーイズ」「アイ・ウォナ・ビー・ユア・マン」「ハニー・ドント」「アクト・ナチュラリー」…。思い返せば、小学生の頃、ビートルズの曲の中で最初に耳になじんだのは「イエロー・サブマリン」だった。もしも、アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」が収められていなかったら、アルバム「アビイ・ロード」から「オクトパス・ガーデン」が消えたら、歴史的名盤の味わいはだいぶ損なわれるに違いない。

 新作は、3月発売のEP「Zoom In」以来、約半年ぶり。リンゴは「この1年、自宅にスタジオがあることで、以前から一緒に仕事してきた人や新しい友人など、たくさんの偉大なミュージシャンとコラボできたのは、本当に幸せなこと」と話している。

 リード・シングル「レッツ・チェンジ・ザ・ワールド」はTOTOのジョセフ・ウィリアムズとスティーブ・ルカサーが曲を書き、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」にはイーグルスのジョー・ウォルシュがギターで参加。過小評価されがちなミュージシャン、リンゴ・スターを再評価するのに最適な作品に仕上がっている。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴30年以上。現在は主にテレビやラジオを担当。

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2021年10月2日のニュース