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松原徹氏 清貧貫き選手守った野球人…最大の功績はプロ・アマ融合

9月20日に死去した松原徹氏

 厳しく、温かい人だった。球界の良心が逝った――。日本プロ野球選手会の事務局長として間違ったことに対し、「間違っている」と声を上げ続けた松原徹氏が、去る9月20日にぼうこうがんのため、亡くなった。58歳、若すぎた。

 移動は常に公共交通機関。選手の会費でまかなう活動費は一銭たりと無駄にはしなかった。都内にある選手会事務局は「昭和か!」と突っ込みたくなる。プロ野球選手の権利を守る組織の本拠とは思えない清貧さだ。

 松原氏が守ろうとしたのは「野球」そのものだった。04年に球界初のストライキを断行し、球団数削減、1リーグ化への衰退を阻止。フリーエージェント権利取得年数の短縮などにも尽力したが、何より最大の功績はプロ・アマの融合にあると、私は思う。

 長い間、プロとアマチュア球界には修復の難しい溝があった。そこに橋を架けたのが松原氏だ。高校球児を招いてプロ野球選手によるシンポジウム「夢の向こうに」を開催。この地道な活動がプロ野球経験者に高校野球指導者への道をつくる「学生野球資格回復制度」の誕生へとつながった。

 12年の7月、選手会が翌年のWBC出場を一度はボイコット。大リーグとの不平等契約の解消が目的と言われていたが、その水面下で球界があるべき姿を模索した。言い方は悪いがWBCを「人質」に12球団経営陣をテーブルに引きずりだし、真剣に球界の未来を考えさせた。そして生まれたのがアマチュア球界へ日本代表の利益を循環させる「侍ジャパン」の画期的なシステムだった。

 松原氏は球界が進むべき理想を語れる数少ない人物だった。

 野球殿堂には「新世紀特別表彰」がある。20世紀の野球界の基礎づくりに貢献した著名人に対する表彰だが、21世紀の功労者にも枠を広げればいい。球界の未来に殉じた松原氏に相応しい賞ではないか。今の球界の盛況を見れば、その功績に異論はないはずだ。(君島 圭介)

[ 2015年9月30日 09:30 ]

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