【二宮清純の唯我独論】義足のスノーボーダーに見た人間の可能性

[ 2026年3月18日 06:00 ]

スノーボード男子バンクドスラローム大腿障害で銀メダルを獲得した小栗大地(AP)
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 パラリンピックとは人間の可能性の祭典――。昨年10月に第3代スポーツ庁長官に就任した河合純一がよく口にする言葉である。

 義足のスノーボーダーたちの活躍を見ていると、河合の言葉がストンと胸に落ちる。人間に不可能などないのではないか、とすら思えてくる。要するにやるかやらないか、試すか試さないかだけではないかと。

 3月15日(現地時間)に閉幕したミラノ・コルティナ冬季パラリンピック。日本勢として、節目となる冬季パラ通算100個目のメダルを獲得したスノーボードの小栗大地(下肢障がいLL1)は、32歳の夏、働いていた工場で事故に遭い、右足のヒザから下を切断した。倒れた鋼板の束が右足を直撃したのだ。

 元々がプロのスノーボーダーである。事故現場で救急車を待ちながら「このままだと義足になるな。義足になってもスノーボードはできるんじゃないか」と漠然と考えていたという。友人に、パラリンピックに5大会連続で出場した三沢拓という隻脚(せっきゃく)のスキーヤーがおり、彼の姿が頭にあったからだ。

 パラリンピック開幕前、オンラインインタビューする機会を得た。転機について尋ねた際、驚いたのは、次の一言だ。「まぁ野球で言えば右バッターが左バッターになるようなものでしょうか…」。ちょっと待ちなさい。プロ野球の世界で、足を生かすためにスイッチヒッターに転向し、成功した選手は何人もいるが、プロ入り後に右から左、あるいは左から右に打ち方を変えて成功した例は、寡聞にして知らない。

 いったい何を、どう変えたのか。2018年平昌大会まで、小栗は大腿義足の右足をボードの後ろに置くレギュラースタンスで滑っていた。小学5年でスノボを始めて以来、ずっとそのスタンスだった。

 ところが、平昌大会後に思い切って大腿義足の右足を、ボードの前に置くグーフィースタンスに変えた。軸足となる後ろ足を健足にした方が、雪面からの反発力を得られやすいと判断したのだ。「地面反力を効果的に活用するためのスタンス変更だろう」と専門家は言う。理論的には正解かもしれない。だが20年以上慣れ親しんできたスタンスを変更し、モノにするのは、口でいうほど簡単ではない。言うは易やすし、行うは難しだ。

 実際、表彰台を目指してグーフィースタンスで臨んだ22年北京大会、小栗はスノーボードクロスで5位、バンクドスラロームで7位と不本意な成績に終わった。本人は「義足のセッティングが完璧ではなく、良い滑りができなかった」と唇を噛かんだ。それ以来、ボードと義足が一体となる感覚を掴つかもうと猛練習を積んできた。

 それだけに、バンクドスラロームで金メダリストにわずか0秒08差まで迫ったコルティナでの銀メダルは、45歳の「チャレンジャー」にとって、過不足ない対価だった。頂点も見えた。この物語には、きっと続きがある。(スポーツライター)

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