「ジャンボ尾崎」愛称の名付け親はスポニチだった ジャンボ機が離陸するようなパワフルな弾道を“表現”

[ 2025年12月24日 12:10 ]

1970年5月14日付スポーツニッポン新聞の紙面
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 男子ゴルフの国内ツアーで最多の通算94勝を挙げているレジェンド、ジャンボ尾崎こと尾崎将司(おざき・まさし)さんがS状結腸がんのため23日午後3時21分に死去した。78歳。「ジャンボ尾崎」の愛称で幅広い世代から親しまれた尾崎さん。「ジャンボ」の名付け親はスポニチだった。

 1970年5月に習志野で行われた関東プロ5月A地区月例競技会で優勝した際、本紙のゴルフ担当・樋口恭記者が「ジャンボ・プロ誕生」と書いたのが最初だった。5月14日付9面のトップ記事で紹介。当時は米国からジャンボジェット機(ボーイング747)が入ってきたころ。1メートル81、80キロの大柄な体から放たれるドライバーショットは、まさにジャンボが離陸するときのようなパワフルな弾道だった。

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