【世界陸上】マイル侍・佐藤風雅「僕には止まる理由がなかった」遅咲き27歳 躍進の道のり

[ 2023年8月19日 07:15 ]

世界選手権2大会連続で男子400メートル、1600メートルリレーに出場する佐藤風雅(ミズノ提供)
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 陸上の世界選手権が19日、ハンガリー・ブダペストで開幕する。男子1600メートルリレーで日本勢初メダルを狙う“マイル侍”の中に、異色のスプリンターがいる。先月のアジア選手権2位で45秒13の自己ベストを持つ佐藤風雅(27=ミズノ)だ。

 初出場となった昨年は個人の400メートルで準決勝進出。4位に入った1600メートルリレーでは日本の1走を任された。今大会、個人でのターゲットは決勝進出、そしてトラック種目“最古の日本記録”である高野進が91年に出した44秒78の更新だ。「みんなで44秒台を出そうと言っているけど、やっぱり僕も、と思っている。僕が出しますと周りに宣言している」。強い個の集合体であるマイル侍は「史上最強」との呼び声が高い。

 才能がモノを言う短距離種目で、異例とも言える遅咲きスプリンター。「これがあったから足が速くなった、とは言えないんですよね。積み重ねていって、気づいたら速くなっていた」。本格的に競技を始めた茨城中央高時代は全国大会経験のない無名の存在。それでも、作新学院大の相馬聡監督に伸びしろを買われた。「僕の走りを見て、いろんなことができてない、と。技術、レースペースが本当に下手くそだと言っていた」。この出会いが一つのきっかけとなった。

 全国のエリートが集まる強豪校ではなく、セルフコーチングを尊重された自由な環境に身を置いた。「元々、陸上が好きなんです」。さまざまな選手の動画を研究し、仲間たちとその動きをまねた。その教材は高野進や200メートルの第一人者・飯塚翔太、さらには年下の高校生にまでおよんだ。「外から持ってきた知識を自分の動きに取り込むことが多かった。それが合っているか先生が判断してくれた」。同大3年時に45秒台に突入。22年にとちぎ国体が開催されるという理由で、地元・宇都宮を拠点に社会人になっても競技を続けた。

 初めて世界を意識したのはコロナ禍だという。19年の世界選手権ドーハ大会は日本勢の活躍を「ああ凄いなと外から見ていた」。その後、20年春にコロナ禍で東京五輪が延期に。スポーツ界が止まった状況下でも愚直に走り続けた。「東京五輪に向けて頑張っていた人が心が折れたという話を聞いた時、逆にチャンスなんじゃないかな、と。僕には止まる理由がなかったから」と振り返る。

 24歳で迎えた20年9月の全日本実業団で初優勝。同年10月に行われた日本選手権で初めて3位表彰台に食い込んだ。「目の前の試合で全部、勝ってやると思った」。東京五輪には手が届かなかったが、26歳の22年に日本選手権を初制覇。そのまま世界選手権で活躍し、無名からスターダムを一気に駆け上がる。今年から名門のミズノに所属となった。

 今年が2度目の世界舞台。ブダペストまでの道のりは順風満帆ではなかった。3月に新型コロナウイルスに感染。海外勢とのタフなレースを見据えて冬場に4キロ増量した体重は、みるみる元のサイズまで落ちた。周囲が好記録を出す中で焦りは募る。セイコーゴールデングランプリを3週間後に控える5月頭「本当に妥協していないのか」と自らに問いただした。

 大学生の頃のように、自らのレースを徹底的に解剖して弱点をあぶり出した。「去年に比べて前半の内容が良くない。もっとリズム整えて完璧な前半をつくろう」。後半を度外視し、前半のスピードアップに特化した強化を図った。

 さらに食事では「佐藤なのに無糖なんです。ノンシュガーです」とジョーク交じりに語る。砂糖の成分が少しでも入った調味料を抜き、鶏肉中心の食事を摂取。野菜はドレッシングをつけずに塩やレモンだけで食べ「味覚が変わった」。わずか3週間で9%台だった体脂肪は8%台前半に減り、体の切れを取り戻した。

 セイコーでたたき出した45秒40の自己ベストを7月のアジア選手権でさらに更新。日本人では高野進だけが走った領域、44秒台突入へ可能性は高まっている。「27歳で400メートルをやっていますが、年齢でつらいと思ったことがない。根本には高野先生が30歳を超えて44秒を出していることもある。先代の方々には失礼なんですけど、意外と遅咲きの方が上に行けるんじゃないかなと。だから、年齢を重ねても諦めずにいられる」。進化を示す舞台が、いよいよやってくる。(記者コラム・大和 弘明)

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