LOWEというスペルの2選手の発音はラウとロー カタカナ文化が抱える“真実”とのギャップ

[ 2021年10月7日 10:15 ]

発音は「ラウ」で日本では「ロー」「ロウ」と表記されるレイズのLOWE(AP)
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 【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】大リーグのレイズは今季ア・リーグの第1シードとしてポストシーズンを迎えているが、2020年12月までチーム内にはラストネームが「LOWE」という選手が2人いた。1人は今季39本塁打を放っているブランドン(27)。そしてもう人は2016年のドラフトで13巡目(全体390番目)に指名されていたナザニエル(26)。ナザニエル(通称ネイト)はトレードでレンジャーズに移籍したためにチームの主砲とは別のユニフォームを着ることになったが、今年の4月12日、両チームはレイズの本拠地、フロリダ州セントピーターズバーグで同じ4番打者として対戦して話題になった。

 なぜ話題になったというと「LOWE」というスペルでありながら2人の名前の発音が明確に違ったから。「なぜだかわからないんだけれど家族がみんなそう発音していたから」というレイズの主砲は「LAU(ラウ)」と自分の名前を呼び、レンジャーズに移籍した「LOWE」は「LOW(ロー、もしくはロウ)」と発音したのである。

 これはスポーツ・ニュースで取り上げられ、2人がそれぞれ登場して発音の違いをファンにアピールする出来事となった。

 LOVE(愛)をラブ、DOVE(鳩)をダブと発音するので「LOWE」をラウと発音するのはとりわけて違和感を抱かせるものではない。一方で「LOW」は日本でも「低い」という意味の言葉(ロー)として定着しているので、その最後にEが加わったとしても、これも例外的な発音ではない。要は名前というのは本人の発音が“正解”なのである。

 アルファベットをカタカナにした時点で若干の“ズレ”が生じてくる。RとL、SとTHを識別するカタカナは存在しないし、それを認識した上で我々は英語の名前を日本語に置き換えている。私たちの業界では最も適切な“近似値”を探さねばならず、外国のスポーツ選手を書くことが多かった私は、昔からけっこうこれに悩まされた。

 1980年代初頭、まだ英字新聞でしか外国のスポーツを知る機会がなかったときには、発音が難しい選手について私は米国出身の同級生に電話で尋ねたり、それでもわからないときは当該大使館に電話して確認していた。

 しかし今やインターネットで何でも調べられる時代。選手の名前と「PRONUNCIATION(発音)」のたった2つのキーワードを入力するだけで、該当するカタカナはチェックできる。本人が自分の名前を語る動画、現地の実況中継もしくは発音サイトで語られている音声、そして文字データとしての発音記号などが出てこない選手はほとんどいない。問題はその作業を怠ってしまうと、「ラウ」が「ロー」という一文字も合致しないカタカナよる“別人”を作り出してしまうことである。

 自戒を込めて書くが、かの有名な陸上短距離界のスーパースター、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)を欧米諸国の人を前にしてカタカナのまま発音するとわかってもらえない。ファーストネームの「USAIN」の発音は「ユーセイン」であり、そもそもジャマイカの公用語は英国の直轄領だったこともあって英語。ウクライナは母国言語の発音ではその通りだが、英語圏では「UKRAINE(ユークレイン)」であり、この「U」の発音さえ知っていれば英語圏の名前の「U」を「ウ」で始まるカタカナにはしなかったはずである。

 カタカナにした時点ですべてのアルファベットの発音は少々乱れることを承知で我々はこの仕事をしているのだが、どうも最近、許容限度から逸脱する表記が目立っている。私がカタカナ表記において“原則”としているのは5項目。(1)本人の発音が最優先。だから名前+PRONUNCIATIONで検索する、(2)間違いとわかっていても長期間、日本語として浸透している場合にはそのままにする(イギリスなど)、(3)少なくとも米国では名前はできるだけ簡単な発音にする傾向があって、最後の母音は省く傾向があるので配慮する、(4)「Y」「M」「N」には注意する、(5)最初にカナカナを当ててそれを広めたメディアには敬意を表する…という5つである。

 (2)と(3)を併せた例としてはMICHAELをマイケル JACKSONをジャクソンと表記していることを考えるといいかもしれない。マイケルをマイコーと呼ぶのは実はマイケルよりも“真実”に近づいている。米国ではアクセントに無関係の名前最後の母音をほとんど発音しない傾向があって、マイケルではE(もしくはAEの2つ)、ジャクソンでは最後のOが省略され、カナカナではマイクー(LはUに近くなる)、そしてジャクスンと聞こえる。しかしジャクソン以外にもジョンソンや、ハリソン、ウィルソンといった歴代大統領と同じ名前のカナカタ表記は日本では定着しているので、今さらこれを本当の発音に近づける意味はないと思う。

 (3)と(4)では“Yの問題”がある。Yが名前の最後にある場合、(3)の原則にしたがって直前の母音が音声的にはほぼ消滅している。なのでNFLカージナルスのQB、NBAナゲッツとスパーズに所属しているガードの「MURRAY」のYの前にあるAは聞こえない。なのでマレーではなくマーリー。スキーの女子アルペンで活躍して日本でリンゼイ・ボンとして紹介されていた選手のファーストネーム(LINDSEY)もリンゼイではなくリンジー、NBAトレイルブレイザーズの監督や解説者を務めたJACK・RAMSAY氏もジャック・ラムジー(これは正確に表記)である。Yが最後にある名前はその前の母音を発音しないとより正確なカタカナになる。

 もちろんカタカナにした時点でどんな表記であっても多少なりとも不正確なのであるが、それでもカタカナのマレーのまま、NFLとNBAの試合を現地に足を運んで地元の人の前に口にするとわかってもらえない。しかもラ行の音はアルファベットではL。この名前をカタカナにすると、私はいつもちょっと切なくなってしまう。

 そしてYの前後に母音が入った場合も同じ。このケースでのYは前後の母音に両方影響を与えてしまうので、ローマ字読みしてしまうとやっかいだ。典型的な例として東京五輪に米国代表として出場したNBAヒートのADEBAYOというラストネームを持つ選手がいるが、この場合のYは前のAとOの両方を抱きかかえているようなもの。なので私はアデバヨではなく、現地観戦でよりわかってもらえるアデバイヨと表記することにしている。

 また最近増加しているアフリカにルーツを持つ選手には名前の最初の文字が「M」と「N」で始まり、かつそのあとに母音ではなく子音が続く名前が多い。日本のJリーグでプレーしたMBOBAはエムボバと表記されたが、実際の音はエムではなく“小さなン”だろう。しかし日本語の言葉では最初に「ン」がつくことは回避されるのでこうなったのだろうと思う。一方、米国では「M」のケースでは無音になる。NBAにはMBENGAという選手がいたが現地発音ではベンガ、MBAH―A―MOUTEはバームーテだった。

 これに対して“最初のN”は、後ろに子音を伴っていてもきちんと発音されている。カナカナでいうと「エン」。したがってNFLバッカニアーズのディフェンシブ・タックル(DT)、NDAMUKONG・SUH選手はエンダマコン・スー。もちろんこれも本当は“小さなン”なのだろうが、英語でも悩み多き名前なのかもしれない。

 (6)についてひと言。ロサンゼルスを本拠にしているNBAのLAKERSはリーグを代表するチームのひとつだが、1970年代、このチームの存在を日本に広めたのは日本文化出版が発行していた月刊バスケットボールである。そこでのカタカナ表記はレイカーズ。バスケットボールに関わってきた多くのメディアがこの表記に従っているので私もレイカーズ、そしてペイサーズ(PACERS)と記している。

 しかしいつのまにかこれもレーカーズ、ペーサーズになってしまった。これではイギリスもイングランド(こうなると意味合が不適切だが…)にしなくてはいけなくなってしまう。確かにMAKEはメーク、PACEはペースと表記するケースが多いが、(6)を忘れることは、私なりに流儀に反すると思っているので少なくともレイカーズと書くことにしている。もちろんレーカーズも“間違いを抱えながらの近似値”であることには間違いはないが、こう表記している人は大事なことをひとつ忘れていると思う。

 ローマ字は米国の宣教師だったジェームズ・カーティス・ヘボン氏によって考案されたのでへボン式と呼ばれているが、彼のラストネームのスペルはHEPBURN。皮肉にも?この時には発音を尊重してカタカナが割り当てられた。ところが同じスペルの世界的な女優はオードリー・ヘップバーン。いつしか日本人に都合のいいような?ローマ字的な発音が世にはばかるようになっていった。

 1956年の夏季五輪を開催した都市がどこ?という質問にメルボルンと答えている方は、へボンをヘップバーンと発音しているようなもの。MELBOURNEの発音をより正確なカタカナにすると「メウブン」か「メウバーン」のどちらかだろうし(LはUに近い音)、ボルティモアのある米メリーランド州(MARYLAND)も「メアランド」で(YがE化)、これはその昔ボルティモアで取材をしていた私をおおいに悩ませた。

 北米のプロ・スポーツが好きな人が米国に足を運んでスタンドで観戦したとき、隣にいる見ず知らずの地元ファンと好きな選手をめぐって話をして盛り上がりたいときに通じるカタカナ…。それが本来、日本のメディアにあるべき表記であると思うのだが、なかなかそうなっていない。もしその選手が現地でどう呼ばれているのかを本当に知りたい方は、その名前のスペルとPRONUNCIATIONの2つのキーワードを入力して検索を!大使館に電話しなくてもその答えはきっとすぐに出てきますから…。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。還暦だった2018年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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