柔道代表・一二三の“決闘”金ボディー 減量法と回復食に極限5%の秘密あり

[ 2021年7月15日 05:30 ]

20年12月、66キロ級代表決定戦で丸山(左)を攻める阿部
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 【メダル候補の心技体】24分間の激闘を制した要因は、最高のパフォーマンスを発揮するための減量法と回復食にあった。柔道男子66キロ級代表の阿部一二三(23=パーク24)は、昨年12月13日に行われたワンマッチでの五輪代表決定戦前から、それまでの減量法を抜本的に見直した。味の素ビクトリープロジェクトの栗原秀文ディレクター(45)のサポートを得て、東京五輪でも完璧な体に仕上げて日本武道館の畳に立つ。

 「イメージはバケツ。必要なのはファーストコンタクトの爆発的なパワー。66キロとそれより大きいバケツ、同時にぶつけたら大きいバケツの方が強い。それが減量の重要なポイントだった」

 階級制競技の柔道は前日計量を通過した後、試合当日に5%増までの回復が認められる。66キロ級では、69・3キロがリミット。“柔よく剛を制す”といわれる柔道だが、同じ階級なら少しでも大きく、健康的な体の方が有利に働く。したがって誰もがこの5%分を有効利用しようと腐心する。昨年12月13日の五輪代表決定戦を1カ月後に控えた11月初旬、阿部と栗原氏は二人三脚で、最強のボディーづくりを開始した。

 2人の出会いはさかのぼること8カ月前の3月。2月の国際大会を制し、五輪切符を懸けた4月の選抜体重別を1カ月後に控えた段階で、阿部が関係者を通じて栗原氏に助けを求めた。大一番に向けての体づくり、国際大会で脱臼した左手親指の回復のため、わらにもすがる思いだった。3月9日、妹の詩、母・愛さんを交えて初対面。結果的に4月の大会は流れたが、その翌日からアミノ酸系サプリメントの摂取を開始。栗原氏の論理的な助言や献身的なサポートもあり、信頼関係が構築されていった。

 23歳の阿部の通常体重は71~72キロ。一般男性であれば基礎代謝は1700キロカロリー程度だが、第一線で活躍する柔道選手は、その2・5倍程度の基礎代謝があると考えられる。試合1カ月前から始める減量は、炭水化物を抜くなどの食事制限で摂取カロリーを抑え、ほぼ一定ペースで落とすのが以前の方法だった。ただ、この方法は「筋量がどうしても減る」と栗原氏。そこで「10~4日前まではある程度で維持し、残り3日で水と炭水化物をカットする」方法を提案。この“ある程度”の目安となるのが、当日のリミット値となる69・3キロだ。

 筋肉を動かすエネルギー源となる筋グリコーゲン。この成分は主に筋肉に蓄えられる。体をバケツにたとえた時、できるだけ大きなバケツにこの筋グリコーゲンをため込んだ状態をつくることで、階級制競技では大きなアドバンテージを得られる。減量期に入っても炭水化物と水をしっかり摂取しながら、試合4日前までは69・3キロ付近で維持。残り3日で66キロまで一気に落とすことで、計量後はニュートリション(栄養)プランに沿って体を回復させれば、66キロの状態の筋量を維持できるという考えが、新しい減量法の要点なのだ。

 しっかり食事を取ったことで減量期の稽古内容は充実。計量後の回復食で、24分間の死闘では脳を動かすエネルギー、すなわちグリコーゲンに余裕があったことで集中力につながったと栗原氏は分析する。今年4月、約1年2カ月ぶりの国際大会を同じ減量方法を経て優勝した阿部も「今のやり方は合っている。(五輪に向けても)変わらず、しっかり体をつくる」と語った。

 初戦から決勝まで4試合が想定される五輪は、試合当日も事細かなニュートリションプランを練っている。味の素が強みとするアミノ酸サプリメントを用い、1試合目直前はコレ、3試合目の招集時はアレ…などと補給する品目やタイミング、量などを設定。4月の国際大会でも実践しており、25日に向けた準備に余念がない。

 10日後の本番、柔道着の隙間からのぞく肉体がオーラを放つ時、阿部が日本武道館のセンターポールに日の丸を掲げることになるだろう。

 ◇阿部 一二三(あべ・ひふみ)1997年(平9)8月9日生まれ、神戸市出身の23歳。中学2年時の全国大会Vを皮切りに、神港学園高時代はタイトルを総なめ。14年には史上最年少の17歳でグランドスラム東京大会を制覇。世界選手権は初出場の17、18年と連覇し、19年は3位。昨年12月の代表決定戦を制して五輪代表に内定。得意技は袖釣り込み腰、背負い投げ。右組み。パーク24所属。1メートル68。

 《さあ夏季大会初きょうだい金》東京五輪では阿部兄妹を含め、計10組のきょうだい選手が出場する。互いの存在を励みにしてきた家族でそろってメダルを獲得できれば、喜びも数倍になるだろう。

 日本初の同一大会きょうだいメダル獲得は、重量挙げの三宅義信・義行兄弟。68年メキシコシティー大会フェザー級で連覇の兄に続いて弟が銅メダルに輝き、兄弟で同じ表彰台に立つ快挙を達成した。96年アトランタ大会柔道では中村3兄弟の三男・兼三が71キロ級で金、次男・行成が65キロ級で銀メダル。レスリングの伊調千春・馨姉妹は04年アテネ、08年北京の2大会連続で妹が63キロ級の金、姉が48キロ級の銀メダルに輝いた。

 チームや団体競技でも例がある。00年シドニー大会でシンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)で、米田祐子・容子姉妹が息の合った演技で銀メダル。12年ロンドン大会の体操団体総合では、田中和仁・佑典兄弟が銀メダルを獲得した。

 冬季五輪では18年平昌大会スピードスケート団体追い抜きの高木菜那・美帆姉妹がいるが、夏季大会でのきょうだい金メダルは例がない。阿部兄妹は個人種目でありながら、それを同じ日に達成できる千載一遇のチャンスに恵まれた。

 《詩の味覚はおばあちゃん?》兄と同日兄妹金メダルを目指す詩は減量がない一方、以前は食への意識が希薄だった。そこで栗原氏はこれまでサポートしてきたフィギュアスケートの羽生結弦や競泳日本代表の取り組みを伝え、意識改革を仕向けた。東京都内で詩と同居して食事面のサポートをする愛さんには、献立などを助言。「兄はお子様ランチのような味つけが好き。妹はおばあちゃんか?というような、薄くてだしが効いた、あっさり系が好き」(栗原氏)と好みが全く違う兄妹の胃袋を支えるためのアドバイスを送っている。

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