三宅義信氏 若人よ今はあわてず、あせらず、あきらめず――64年TOKYO“金1号”レジェンド特別寄稿

[ 2020年5月9日 05:30 ]

「自己進化こそアスリートの真価」と話す80歳の三宅義信氏
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 若きアスリートたちよ、今はあわてず、あせらず、あきらめず、の境地で――。1964年東京五輪の重量挙げで日本選手団の金メダル第1号を獲得した三宅義信氏(80=現東京国際大ウエイトリフティング部監督)が、五輪1年延期で困惑する後輩たちにエールを送るためスポニチに特別寄稿した。夢は自らつくるもの、と説くレジェンドの真意とは。

 五輪は中止になるかもしれない、と私は思っていた。世界のスポーツの祭典だ。日本だけ落ち着いても、できるわけはない。だが1年後、21年7月23日に開幕すると決まった。これは世界中のアスリートに夢と希望を与えたと思う。さまざまな声があるのは承知しているが、私は評価したい。

 命あってのスポーツだ。初めて五輪に出場した1960年のローマは、開催に反対する人々の抗議が激しく、練習会場には護衛付きで行った。最後の五輪となった72年のミュンヘンはテロが発生し、11人の選手団が犠牲になった。うち4人は、私と同じウエートリフティングの仲間だった。五輪で金メダルを獲るのは、命がけ。でも、勝った負けたに人生を懸けられるのは、生きてこそだ。

 今年の7月24日に合わせてきた選手たちにとって、延期はショックだと思う。綿密な計画を立て、命を削るような思いをして、ピークを合わせてきたことを、私は分かっている。だから一番心配しているのは、中ぶらりんの気持ちのまま日々を過ごすこと。そういう時、取り返しのつかない出来事が起きるものだ。だから、伝えたい。夢は与えられるものではなく、自分でつくるものだということを。

 五輪出場、メダル獲得、そして世界一。それぞれの夢をかなえるため、汗を流してきただろう。だが、競技をやっている本当の意味は五輪だけだろうか?五輪を目標に定めたのは、あくまで自分自身だろう。目標、つまり夢はいつも、自分で決めるものだ。1年延期になった大舞台が「失われた」という感覚に陥っているのなら、自分で新たな目標を打ち立てればいい。そして、計画を練り直せばいいだけのことだ。

 私はローマ五輪で銀メダルに終わったあと、ローマの地で4年間=1460日間の計画を立てた。しかし、思い通りにはいかなかった。ヘルニアで手術を勧められたときには、拒否して病院から抜け出した。目標を立てるのも、計画をつくるのも、それを現状に合わせて変えていくのも、すべて自分だ。今は突然降り注いだ天運に抗(あらが)うのではなく、自分の道を進んでいけばいい。

 今、私は東京国際大のウエイトリフティング部監督として、学生の指導を行っている。密にならないよう、少人数で。選手と距離をとって。時にはLINEだって使う。80歳になっても、指導という目標のために自分を変化、つまり成長させる。それこそがアスリートの真価、真骨頂だ。出場を目指す来年のワールドマスターズゲームズも、きっと日程は変わる。計画を練り直して、日々を過ごすつもりだ。

 あわてず。
 あせらず。
 あきらめず。

 そんな言葉を胸に、みんなも粘り強く闘ってほしい。(64年東京、68年メキシコ五輪重量挙げフェザー級連覇、東京国際大監督)

 《「商業五輪」やめないか》五輪史上初めての延期という今回の件で、もう一つ言っておきたいことがある。いいかげんに、五輪を商業ベースで考えるのをやめないか。若者のスポーツ離れを理由に「見る」側の論理ばかりが振りかざされるが、「より速く、より高く、より強く」のオリンピズムの原点に立ち返るべき時期にきていると思う。
 コンパクトな大会。つまり、世界中のどの都市でも開催できるような大会を目指すべきだ。そうすれば、今回だって3000億円とか延期にかかる費用の話ばかりが取り沙汰されることもなかったのではないか。いずれにせよ、スポンサーとか放映権を持つテレビ局とかの意向が優先される五輪は、いずれ消滅する運命だと思っている。

 《弟メキシコ銅 めいの宏実は連続でメダル》三宅家は重量挙げ一家として知られる。義信氏の弟で日本ウエイトリフティング協会会長を務める義行氏(74)は、68年メキシコ五輪フェザー級で銅メダルを獲得し、兄とともに表彰台に上がった。めいの宏実(34=いちご)は12年ロンドン五輪48キロ級で銀、16年リオ五輪同級では銅メダルを獲得。元女子日本代表監督で、現東京国際大ウエイトリフティング部ヘッドコーチのおい・敏博氏(44)は、男子77キロ級の元全日本王者。

 ▽72年ミュンヘン五輪で発生したテロ 五輪会期中の9月5日、パレスチナのゲリラ集団が選手村のイスラエル宿舎を襲撃。2人を殺害するとともに選手らを人質に収監中のパレスチナ人の解放を求めた。その後、9人の人質とともに空軍飛行場に向かったゲリラに対し警官隊、軍隊が救出作戦を決行したものの失敗。銃撃戦に発展し人質全員が死亡した。五輪中止も取り沙汰されたが、国際オリンピック委員会(IOC)のブランデージ会長は「中止はテロに屈服することにつながる」と主張。IOCは1日ずつ競技実施を繰り下げた上での大会続行を決定した。

 ◆三宅 義信(みやけ・よしのぶ)1939年(昭14)11月24日生まれ、宮城県柴田郡村田町出身の80歳。大河原高2年から本格的に重量挙げを始め、法大2年時の60年ローマ五輪で銀メダル。64年東京五輪では日本選手団の金メダル1号を獲得し、68年メキシコで五輪連覇を達成。72年ミュンヘン五輪で4位に終わったあと引退。現在は東京国際大特命教授、NPO法人「ゴールドメダリストを育てる会」理事長。11年瑞宝小綬章、17年文化功労者。

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