新十両・照強 阪神大震災の日に生まれた若武者の“宿命”

[ 2016年12月22日 10:30 ]

初場所を新十両で迎える照強
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 大相撲の九州場所で西幕下9枚目・照強(てるつよし=伊勢ケ浜部屋)が7戦全勝で優勝を飾り、次なる初場所(来年1月8日初日、両国国技館)での新十両を決めた。1メートル68、112キロの小兵ながら卓越した相撲センスで長らく幕下の館内を沸かしてきた21歳。阪神大震災が起きた95年1月17日の夜に兵庫・淡路島で生を受け、母・菊井真樹さんは「救急車が鳴りっぱなしで不安の中であの子を産んだ」と述懐する。まさに“運命の子”である。

 角界への入門は2010年春場所。中卒で初土俵を踏んだ前相撲で初めて呼び上げられた「照強」という名を聞き、複数のベテラン相撲記者が「いいしこ名だ!」とうなった。「照」の字は伊勢ケ浜部屋所属として戦前から戦後にかけて活躍した第38代横綱・照国にちなんでおり、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)が「みんなに光を照らすような強い力士に」と命名した。

 序ノ口デビューとなった翌夏場所。15歳ながら照強は3連勝スタートを飾り、4番相撲では強豪・日体大相撲部元主将として鳴り物入りで九重部屋に入門した“同期生”の立野(後の十両・千代桜=現在は引退)を見事に送り出し、ストレートで勝ち越しを決めた。その翌日に師匠に「照強、凄いですね」と話を振ると「そうだね。大学生に勝ったね。びっくりしたよ」と目を細めた上で「淡路島の彼の指導者から“この子は何かを持っている”と言われて預けられた。みなさんも照強に注目して応援して下さい」とお願いされた。その場所は5勝2敗の好成績。その後も17歳で幕下に昇進するなど順当に番付を駆け上がった。

 伊勢ケ浜部屋の朝稽古をのぞくと、いつも厳しい稽古に耐え抜く照強の姿があった。100番以上の申し合い、そして鬼のようなぶつかり稽古。見学に来た関係者やファン、そして土俵にいる他の力士たちの目線はいつも照強に向けられていた。なぜなら彼が伊勢ケ浜部屋の将来を担う魅力的な力士だとみんな分かっていたからだ。ただし、部屋の兄弟子は「あいつは褒めるとすぐに調子に乗る」と甘い言葉を掛けることは一切しなかった。部屋一番の期待の力士に対し、周囲はもっとも厳しく接した。

 幕下生活は5年以上も費やしてしまったが、照強はその試練に耐え、ついに関取の座をつかんだ。阪神大震災から22年が経過する17年1月17日は初場所の10日目。「勝ち越して迎えたいです」。自らの運命、いや宿命に気づき始めた若武者が表舞台に立つ日がついにやってくる。(鈴木 悟)

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